2 / 9
(2)
しおりを挟む
私が嫁いだのは、格上の侯爵家。きっと碌な扱いではないと覚悟していたものの、継子となったクララは私に友好的で拍子抜けしてしまった。とはいえ、この家庭に問題がなかったわけではない。
「まあ、クララ。今日は先生からの宿題もピアノの練習ももう終わらせてしまったのですね。すごいです」
「だって今日は、久しぶりに三人で夕食を食べられるもの。ご飯を食べ終わったら、みんなでチェスをして遊ぶのよ。ナンシーは審判ね! あと、わたしが負けそうになったらちゃんと手助けをしてね」
「私もあまり強くはないのですが。一緒に頑張りましょう!」
「おやおや、実質二対一ということかな。困ったな」
そこへ苦笑しながらでもなお涼やかな声が聞こえてくる。クララが小さな子どものように駆け出した。
「だって叔父さまはお強いもの!」
「まあ、ボニフェースさま。お早いご到着ですね」
「君たちに会いたくて、頑張って仕事を終わらせてきたんだよ」
「叔父さま、大好き!」
「こらこら、重いだろう。このお転婆さんめ」
ボニフェースさまに抱き着いたクララは、幸せそうに微笑んでいる。このふたりの姿だけ見ていれば、理想の親子とでもいうべき美しい光景だ。実際は叔父と姪という関係なのだが。クララの父親は、ボニフェースさまの兄なのである。
もともとこの侯爵家は、クララの母親が女当主だった。そこにクララの父親が入り婿としてやってきたわけなのだが、彼は結婚当初から浮気を繰り返していたらしい。向こうの言い分としては、「子種は提供した。好きでもない女と生活するなんてまっぴらだ」ということなのだそうだ。夫としても、父親としてもとんでもない男である。
それでも、クララの母親が生きていた頃は問題なかった。役に立たない夫が家に寄り付かないことを歓迎していた節さえあったらしい。侯爵家の名前では借金できないように管理した上で、ある程度自由にさせていたそうだ。
あるいは彼女は、どうせ離婚したところで別の結婚相手を紹介されるに過ぎないだけだと理解していたのかもしれない。女が自由になれるのは、未亡人になってから。けれどクララの母親は早逝してしまい、父親が男やもめになってしまった。ままならない世の中である。
しっかり者の女当主がいなくなり、残されたのは分別がつく年齢とはいえまだ成人前の一人娘だけ。クララの父方の実家に家を食い荒らされてはたまらないと、クララの大叔母が用意した新しい母代わりというのが石女のわたしだったわけだ。
「夕食までにはまだ時間があります。せっかくですから、クララのピアノを聞いてくださいませんか? 一生懸命練習していたんですよ」
「ぜひ一曲お聞かせ願おう」
「一曲と言わず、二曲でも三曲でも。せっかくですから、叔父さま。曲に合わせてナンシーと踊ってくださってもいいのよ?」
「ははは、急にダンスを申し込んだらナンシーも困ってしまうだろう?」
「ええ、そうですとも。クララったら」
こんな素敵なひとにダンスを申し込まれたらどんなに幸せなことだろう。ボニフェースさまとのダンスが実現しなかったことに胸を撫でおろし、そして少しだけ残念に思う。
私と、夫の弟と、義理の娘。不思議な組み合わせかもしれないが、三人での生活はそれなりにうまく回っていた。
「まあ、クララ。今日は先生からの宿題もピアノの練習ももう終わらせてしまったのですね。すごいです」
「だって今日は、久しぶりに三人で夕食を食べられるもの。ご飯を食べ終わったら、みんなでチェスをして遊ぶのよ。ナンシーは審判ね! あと、わたしが負けそうになったらちゃんと手助けをしてね」
「私もあまり強くはないのですが。一緒に頑張りましょう!」
「おやおや、実質二対一ということかな。困ったな」
そこへ苦笑しながらでもなお涼やかな声が聞こえてくる。クララが小さな子どものように駆け出した。
「だって叔父さまはお強いもの!」
「まあ、ボニフェースさま。お早いご到着ですね」
「君たちに会いたくて、頑張って仕事を終わらせてきたんだよ」
「叔父さま、大好き!」
「こらこら、重いだろう。このお転婆さんめ」
ボニフェースさまに抱き着いたクララは、幸せそうに微笑んでいる。このふたりの姿だけ見ていれば、理想の親子とでもいうべき美しい光景だ。実際は叔父と姪という関係なのだが。クララの父親は、ボニフェースさまの兄なのである。
もともとこの侯爵家は、クララの母親が女当主だった。そこにクララの父親が入り婿としてやってきたわけなのだが、彼は結婚当初から浮気を繰り返していたらしい。向こうの言い分としては、「子種は提供した。好きでもない女と生活するなんてまっぴらだ」ということなのだそうだ。夫としても、父親としてもとんでもない男である。
それでも、クララの母親が生きていた頃は問題なかった。役に立たない夫が家に寄り付かないことを歓迎していた節さえあったらしい。侯爵家の名前では借金できないように管理した上で、ある程度自由にさせていたそうだ。
あるいは彼女は、どうせ離婚したところで別の結婚相手を紹介されるに過ぎないだけだと理解していたのかもしれない。女が自由になれるのは、未亡人になってから。けれどクララの母親は早逝してしまい、父親が男やもめになってしまった。ままならない世の中である。
しっかり者の女当主がいなくなり、残されたのは分別がつく年齢とはいえまだ成人前の一人娘だけ。クララの父方の実家に家を食い荒らされてはたまらないと、クララの大叔母が用意した新しい母代わりというのが石女のわたしだったわけだ。
「夕食までにはまだ時間があります。せっかくですから、クララのピアノを聞いてくださいませんか? 一生懸命練習していたんですよ」
「ぜひ一曲お聞かせ願おう」
「一曲と言わず、二曲でも三曲でも。せっかくですから、叔父さま。曲に合わせてナンシーと踊ってくださってもいいのよ?」
「ははは、急にダンスを申し込んだらナンシーも困ってしまうだろう?」
「ええ、そうですとも。クララったら」
こんな素敵なひとにダンスを申し込まれたらどんなに幸せなことだろう。ボニフェースさまとのダンスが実現しなかったことに胸を撫でおろし、そして少しだけ残念に思う。
私と、夫の弟と、義理の娘。不思議な組み合わせかもしれないが、三人での生活はそれなりにうまく回っていた。
166
お気に入りに追加
230
あなたにおすすめの小説

某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

「君が大嫌いだ」といったあなたのその顔があまりに悲しそうなのは何故ですか?
しがわか
恋愛
エリックと婚約発表をするはずだったその日、集まった招待客の前で言われたのは思いがけないセリフだった。
「君が大嫌いだった」
そういった彼の顔はなぜかとても悲しそうだった。
哀しみにくれて帰宅した私は妹に悲嘆を打ち明ける。
けれど妹はあの日から目を覚まさないままで——。
何故彼は私を拒絶したのか。
そして妹が目覚めない理由とは。
2つの答えが重なるとき、2人はまた1つになる。

前世の推しが婚約者になりました
編端みどり
恋愛
※番外編も完結しました※
誤字のご指摘ありがとうございます。気が付くのが遅くて、申し訳ありません。
〈あらすじ〉
アマンダは前世の記憶がある。アイドルが大好きで、推しが生きがい。辛い仕事も推しの為のお金を稼ぐと思えば頑張れる。仕事や親との関係に悩みながらも、推しに癒される日々を送っていた女性は、公爵令嬢に転生した。
推しが居ない世界なら誰と結婚しても良い。前世と違って大事にしてくれる家族の為なら、王子と婚約して構いません。そう思っていたのに婚約者は前世の推しにそっくりでした。
推しの魅力を発信するように婚約者自慢をするアマンダに惹かれる王子には秘密があって…
別サイトにも掲載中です。
【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。
美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?

婚約者が裏でこっそり姫と付き合っていました!? ~あの時離れておいて良かったと思います、後悔はありません~
四季
恋愛
婚約者が裏でこっそり姫と付き合っていました!?
あの時離れておいて良かったと思います、後悔はありません。


【完結】私を虐げた継母と義妹のために、素敵なドレスにして差し上げました
紫崎 藍華
恋愛
キャロラインは継母のバーバラと義妹のドーラから虐げられ使用人のように働かされていた。
王宮で舞踏会が開催されることになってもキャロラインにはドレスもなく参加できるはずもない。
しかも人手不足から舞踏会ではメイドとして働くことになり、ドーラはそれを嘲笑った。
そして舞踏会は始まった。
キャロラインは仕返しのチャンスを逃さない。

王子とあの子と【彼女】の秘密
ノ木瀬 優
恋愛
レイチェル公爵令嬢は、婚約者であるリチャード殿下の成績が上がらない事を煩わしく思っていた。しかし、特別な王妃教育を受けていたレイチェルは、リチャード殿下を責める事はせずに、必死でおだてまくる。そこにはある理由が隠されており……。
全4話です。
お楽しみに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる