せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠

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「イヴ、考え直してくれないか。僕たちは、もう一度やり直せると思うんだ」

 夫であるエリックに切り出されたイヴは、頬を赤く染め感極まったように目を潤ませた。

「まあ、本当ですか。私、その言葉を待ち望んでおりましたの」

 腕を大きく広げたエリックに向かって、駆け出すイヴ。彼女はエリックの隣を通り過ぎると、くるくると踊りながら玄関ホールまで駆け抜けた。

「イヴ、一体何を?」
「ありがとうございます。これで心置きなくこの家を出ていくことができますわ」

 にこやかに微笑むイヴを前に、エリックは体を強張らせた。イヴは一体何を言っているんだ? 頭の中を疑問符だらけにしながら、イヴに質問を投げかける。

「なぜだ。今日一日ゆっくり過ごしてみて、僕たちはこんなにウマが合うとわかったところなのに?」
「本気でおっしゃっているの? 私は今日一日過ごしてみて、離婚して良かったと噛み締めましたわ。そもそも考え直すだなんて、離婚を言い出したのは閣下じゃありませんか」

 イヴの言葉にエリックは首を捻る。妻は何を言っているのだろう?

「離婚して良かっただって? 離婚届を出しに行くのは今日だろう? まだ夫婦としてやり直せるはずだ」
「本当に何も覚えていらっしゃらないのね。まあ、それほどまでに私に興味がなかったのでしょう。離婚届を出しに行ったのは先日のことでしてよ。この年の瀬に離婚手続きなんてやってくれるわけないでしょう。ああ、あなたはあの方の元に行くのでお忙しかったから、一緒に書類の提出には行く代わりに委任状を利用したのですよね」

 にこにこと告げられた台詞に、エリックは冷や汗が止まらない。彼女は一体何を言っている? どこまで知っているんだ?

「別に焦らなくても大丈夫ですよ。私、最初から知っておりましたもの。お義母さまから結婚前に言われておりましたし」
「母上から?」
「ええ、私に妻の役目は荷が重いだろうから、女性として夫を癒す役目はあの方に譲ってさしあげなさいと。私にはお金の援助と女主人として屋敷を取り仕切る役目しか期待していないとおっしゃっていましたよ」

 予想外の人物の登場に、エリックは悲鳴を上げたくなった。妻以外の女性にうつつをぬかすことは、ことだが、その関係性を嫁どころか実母に知られているなんて話は聞いたことがない。あまつさえ母から、妻としての心得として結婚前から浮気を容認するように言い含められたなんて。他人の話として聞けば、エリックだって胸糞悪いクズ男だと嗤っただろう。

 エリックは親密な関係の女性がいることをイヴに伝えようとは思っていなかった。もちろん、イヴに悪いと思っているわけではない。ただ正妻であるイヴがどのような行動に出るか予想できなかったからだ。万が一にでも相手を傷つけられたらたまらない。そう思って、口をつぐんでいたのだが……。
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