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(22)桃珊瑚-2

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 約束の時間まであと少し。石畳にヒールを取られないように、駆け足で進んでいく。いつもなら、こんな風に急いでいるときに限ってあやかし坂に招かれてしまうのだけれど、今日は不思議なほどスムーズだ。まさかあのあやかしにも、空気を読むという芸当ができるのだろうか?

 待ち合わせ場所の丸山公園には、いつもの制服姿とは異なるお兄さんがいた。もとからイケメンだとは思っていたけれど、そこだけドラマのワンシーンのよう輝いている。通行人の皆さまは、テレビの撮影っぽい光景なのにカメラがなくてさぞ不思議に思っていることだろう。

「こんにちは! お待たせしてすみません!」
「いいえ、僕も今来たところですから」

 受け答え完璧か。足元の猫たちは、うろんげに私を見つめてくる。普段なら公園内のあちこちに等間隔で丸まっている地域猫たちは、お兄さんに手懐けられていた。イケメンは、もふもふにも強いらしい。

「あれ。初めて見るピアスですね」
「ジュエリーケースの中にあったので、ちょっとつけてみたんです」
「すごくよく似合っています。まさにあなたのための色だ」
「あはははは、ほめ過ぎですよ。まあ猫ちゃんの肉球みたいな色で、可愛いですよね」

 初めて見るピアス? お兄さん、私のピアスなんて毎回チェックしていたんですか? イケメンは行動も台詞もイケメンだ。予想外の発言に思わず変な回答をしてしまったというのに、お兄さんは何度も可愛い、可愛いとほめてくれた。無理、死ぬ。

「予約の時間には少し早いですが、行きましょうか。お庭の見学をさせてもらうでしょう?」
「そ、そうですね。資料館とお部屋は食事後に見せてもらうことにして、先にお庭を見たいですね」

 花月は史跡料亭と銘打っている通り、由緒ある建造物だ。じっくり見て回ると、時間はいくらあっても足りないかもしれない。

「もしかして、緊張しています?」
「緊張するに決まっているじゃないですか!」

 突然お見合いを提案されて、速攻で取り消しになったあと、今度は急遽憧れのひととデートの約束がとりつけられて。しかも食事するお店は花月なのだ。脳内がぐちゃぐちゃになってしまうのも、仕方がないと思う。

「そんなに緊張しないでください。お腹がいっぱいになったら、落ち着きますよ」
「……」

 本当に食事をしたら、少しはゆっくりいろんなことを考えられるようになるのだろうか。そもそも、緊張し過ぎて味も理解できない気がしてきた……。

 丸山公園を出て少し進めば、すぐに花月の入口が見えてくる。細い階段を上り玄関にある大きな提灯の下を通れば、女将さんおかっつぁまが出迎えてくれた。これがまた緊張するんだよなあ。

 お客さまがいないときなら、坂本龍馬の刀傷があるという「竜の間」や、タイル貼りの床に艶やかな和風の格天井が美しい「春雨の間」も案内してくださるらしい。食事が済んだ後に見学させてもらう約束をして、先に庭に入らせてもらった。800坪の日本庭園は、冬でもやはり見事なものだった。

「花月に来たことは?」
「ええと、そうですね。祖父のお祝いと兄の結納で来た記憶があります。ふたりとも、絶対にここじゃなきゃ嫌だと言い張ってましたね。食事ではないときも含めていいなら、おくんちの庭見世にわみせのときに来たのが最初のはずです」
「庭見世ですか」

 長崎には10月の初めごろに「長崎くんち」と呼ばれる大きなお祭りがある。7年に一度の順番で、踊りちょうと呼ばれる担当の町がそれぞれ独自の演目を奉納するのだ。他県のひとに一番有名な蛇踊じゃおどりも、その演目のうちのひとつだ。

 そしてくんちでは、本番前に「庭見世にわみせ」を行う。くんちで使う衣装や道具を店先に並べて、お客さまに披露するのだ。

 7年後にまた踊り町の順番が回ってきたところで、同じ店で庭見世が行われるとは限らない。まさに一期一会の機会。あの花月のお庭に入れるということで、祖父母に連れられてやってきた私だったが、実は見事に迷子になったのだ。

 ただでさえすごい行列だった上、幼かった私には花月のお庭の見事さも、飾られた衣装の絢爛さもあまり興味を引くものではなかったのである。ふらふらと祖母から離れて、あっさり消えてしまったらしい。

「あのときは、大変だったそうなんですよ」
「何があったのか、覚えていますか?」
「それが、全然。ただ、庭見世に来たのは夕方だったんです。10月の長崎の夕方なんて、東京の昼間みたいな明るさじゃないですか。それなのに、真っ暗だった記憶しかないんです。あとは何か赤いものを見た記憶があるんですけれど、花月の提灯があまりにも印象的だったんでしょうかね?」
「お庭を散歩していたら、何か思い出すかもしれませんよ」
「そうですかね? とりあえず祖母にめちゃくちゃ叱られた記憶しかないんですよねえ」
「どうなんでしょう。さあ、足元に気をつけて」

 猫のように目を細めて微笑むと、お兄さんは当然のように私に手を差し出してきた。
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