19 / 29
(18)三川内焼き-3
しおりを挟む
ちょっと、部長! 時間、めちゃくちゃギリギリじゃないですか。それならそうと言っておいてくださいよ。遅れたらどうするんですか。と言いたい気持ちもないではなかったが、実際に急かされていたら、焦ってケーキを崩したり、お届けものの器を落として粉々にしているような気がする。私はそういう類の人間だ。
そっとお客さまの後ろを通り、同僚に戻りを告げると慌てて給湯室に駆け込んだ。お客さまと部長の談笑する声が聞こえてくる。とりあえず、おふたりをお待たせするようなことにならなくてよかった。早速だけれど飲みものを用意してお出しすることにしよう。
「部長はマイカップを持って応接室に行ってるから。お客さまの分だけ用意してくれたらいいよ」
「わかりました」
「よろしくね」
シースケーキには紅茶もコーヒーもよく合う。なんだったら、日本茶と一緒にいただいても美味しい。だからお飲み物は基本的にお客さまの好みに合わせることになるのだけれど、給湯室は既にコーヒーの良い香りでいっぱいだった。
どうやら来客の予定を聞いた同僚がコーヒーメーカーを起動させておいてくれたらしい。お客さまの好みまで把握しているのだから、付き合いの長いお取引先なのだろう。
同僚にお礼を言いつつ、用意を進める。コーヒーが出来上がっているのなら、あとはケーキと一緒に運ぶだけ。けれどいざ食器棚を開いたものの、しっくりくるお皿がない。
普段なら貝合せの代わりに使えそうなほど数があるお茶菓子用のお皿が、棚から一斉に消えている。お皿たちの一斉家出、あるいは神隠し。仕方なく私は、エコバッグの中に入れていた例のお届けものを取り出し改めて眺めてみることにした。
白地に青い文様は確かに美しい。が、勝手に使ってよいものか。この辺りの機微が私にはまだよく理解できていない。このやきものが本来の届け先のお相手にしか使われたくない場合、何が起きるのかさっぱり予想できないからだ。
「万が一、お届け先を間違えていた場合、今日会社に来ているお客さまを呪ったりしないでくださいよ。約束できるなら、今からケーキとコーヒーを運ぶのに使ってあげます。いいですね?」
もちろん返事はない。それでも言わないよりはましなはずだ、たぶん。大体、時と場合を考えないあやかしは、どういうわけかタイミングだけはばっちり合わせてくる。お届けものはお洒落な小皿とコーヒーカップ。偶然大事なお客さんがあり、お出しするべきケーキまで用意されている。それなのに会社の食器棚からは、ケーキをのせるのにちょうどいい皿がたまたま全部消えてしまっている。
となれば、この小皿とカップを使うべきなのだろう。あやかしうんぬんの前に私物でお客さまをもてなす行為が会社的にOKとは思えないけれど、そういう雰囲気なのだから仕方がない。流れに身を任せることに決めた。お願いだから、クビになりませんように。
念のためさっと洗ってキッチンペーパーで水気をふき取り、皿にケーキをのせる。シースケーキは、自分の居場所はまさにこの皿ですよと言わんばかりのおすまし顔だ。コーヒーも、当然のような顔をしてカップの中で揺れている。笑ってしまうくらいしっくりきた。
とても美しいやきものだけれど、年季が入った雰囲気があるからもしかして以前にもこんな風にシースケーキをのせられていたのかもしれない。どうぞ、これで正解でありますように。
「失礼します」
「きつかったやろ?(疲れただろう?)」
「いえいえ、ちょうど近くにいましたから」
「シースケーキばこうてきたけん、たべんね。おいは、あまかとばたべたら先生にがられるけん、くわれん(シースケーキを買ってきたので、どうぞ食べてね。僕は甘いものを食べると、先生に叱られるから食べられないんだ)」
「あら、大変。それなのにわざわざ買いにいってもらったなんて申し訳ないわ。でもせっかくだから、遠慮なくいただくわね」
ドキドキしながら応接室に運び、お客さまの前に並べる。どうやら部長は、お医者さんに甘いものの飲食を禁止されていたらしい。おかしいなあ。ひとつ多めに買おうと思ったあの予感、外れちゃったのかな。もしかしたらうっかり皿にのせる途中で落下させる可能性があるのかもしれない。この後配膳するときには十分注意しよう。
女性は穏やかに微笑みながらケーキを食べようとし、目の前に置かれているコーヒーカップとお皿を見て目を丸くした。小さく手が震えていて、フォークを取り落とす。女性に似つかわしくない仕草に私だけでなく、部長も驚いていた。きゃらきゃらと、あの唐子たちが笑う声がしたような気する。
「まあ、まあ……」
「どげんしたとね?(どうしたの?)」
確かにこのお届けものはこの女性へのものだろうとは思っていたけれど、彼女は静かにほろほろと涙を流し始めた。
そっとお客さまの後ろを通り、同僚に戻りを告げると慌てて給湯室に駆け込んだ。お客さまと部長の談笑する声が聞こえてくる。とりあえず、おふたりをお待たせするようなことにならなくてよかった。早速だけれど飲みものを用意してお出しすることにしよう。
「部長はマイカップを持って応接室に行ってるから。お客さまの分だけ用意してくれたらいいよ」
「わかりました」
「よろしくね」
シースケーキには紅茶もコーヒーもよく合う。なんだったら、日本茶と一緒にいただいても美味しい。だからお飲み物は基本的にお客さまの好みに合わせることになるのだけれど、給湯室は既にコーヒーの良い香りでいっぱいだった。
どうやら来客の予定を聞いた同僚がコーヒーメーカーを起動させておいてくれたらしい。お客さまの好みまで把握しているのだから、付き合いの長いお取引先なのだろう。
同僚にお礼を言いつつ、用意を進める。コーヒーが出来上がっているのなら、あとはケーキと一緒に運ぶだけ。けれどいざ食器棚を開いたものの、しっくりくるお皿がない。
普段なら貝合せの代わりに使えそうなほど数があるお茶菓子用のお皿が、棚から一斉に消えている。お皿たちの一斉家出、あるいは神隠し。仕方なく私は、エコバッグの中に入れていた例のお届けものを取り出し改めて眺めてみることにした。
白地に青い文様は確かに美しい。が、勝手に使ってよいものか。この辺りの機微が私にはまだよく理解できていない。このやきものが本来の届け先のお相手にしか使われたくない場合、何が起きるのかさっぱり予想できないからだ。
「万が一、お届け先を間違えていた場合、今日会社に来ているお客さまを呪ったりしないでくださいよ。約束できるなら、今からケーキとコーヒーを運ぶのに使ってあげます。いいですね?」
もちろん返事はない。それでも言わないよりはましなはずだ、たぶん。大体、時と場合を考えないあやかしは、どういうわけかタイミングだけはばっちり合わせてくる。お届けものはお洒落な小皿とコーヒーカップ。偶然大事なお客さんがあり、お出しするべきケーキまで用意されている。それなのに会社の食器棚からは、ケーキをのせるのにちょうどいい皿がたまたま全部消えてしまっている。
となれば、この小皿とカップを使うべきなのだろう。あやかしうんぬんの前に私物でお客さまをもてなす行為が会社的にOKとは思えないけれど、そういう雰囲気なのだから仕方がない。流れに身を任せることに決めた。お願いだから、クビになりませんように。
念のためさっと洗ってキッチンペーパーで水気をふき取り、皿にケーキをのせる。シースケーキは、自分の居場所はまさにこの皿ですよと言わんばかりのおすまし顔だ。コーヒーも、当然のような顔をしてカップの中で揺れている。笑ってしまうくらいしっくりきた。
とても美しいやきものだけれど、年季が入った雰囲気があるからもしかして以前にもこんな風にシースケーキをのせられていたのかもしれない。どうぞ、これで正解でありますように。
「失礼します」
「きつかったやろ?(疲れただろう?)」
「いえいえ、ちょうど近くにいましたから」
「シースケーキばこうてきたけん、たべんね。おいは、あまかとばたべたら先生にがられるけん、くわれん(シースケーキを買ってきたので、どうぞ食べてね。僕は甘いものを食べると、先生に叱られるから食べられないんだ)」
「あら、大変。それなのにわざわざ買いにいってもらったなんて申し訳ないわ。でもせっかくだから、遠慮なくいただくわね」
ドキドキしながら応接室に運び、お客さまの前に並べる。どうやら部長は、お医者さんに甘いものの飲食を禁止されていたらしい。おかしいなあ。ひとつ多めに買おうと思ったあの予感、外れちゃったのかな。もしかしたらうっかり皿にのせる途中で落下させる可能性があるのかもしれない。この後配膳するときには十分注意しよう。
女性は穏やかに微笑みながらケーキを食べようとし、目の前に置かれているコーヒーカップとお皿を見て目を丸くした。小さく手が震えていて、フォークを取り落とす。女性に似つかわしくない仕草に私だけでなく、部長も驚いていた。きゃらきゃらと、あの唐子たちが笑う声がしたような気する。
「まあ、まあ……」
「どげんしたとね?(どうしたの?)」
確かにこのお届けものはこの女性へのものだろうとは思っていたけれど、彼女は静かにほろほろと涙を流し始めた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
たまごっ!!
きゃる
キャラ文芸
都内だし、駅にも近いのに家賃月額5万円。
リノベーション済みの木造の綺麗なアパート「星玲荘(せいれいそう)」。
だけどここは、ある理由から特別な人達が集まる場所のようで……!?
主人公、美羽(みう)と個性的な住人達との笑いあり涙あり、時々ラブあり? なほのぼのした物語。
大下 美羽……地方出身のヒロイン。顔は可愛いが性格は豪胆。
星 真希……オネェ。綺麗な顔立ちで柔和な物腰。
星 慎一……真希の弟。眼光鋭く背が高い。
鈴木 立夏……天才子役。
及川 龍……スーツアクター。
他、多数。
新日本警察エリミナーレ
四季
キャラ文芸
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。
※2017.10.25~2018.4.6 に書いたものです。
俺の部屋はニャンDK
白い黒猫
キャラ文芸
大学進学とともに東京で下宿生活をすることになった俺。
住んでいるのは家賃四万五千円の壽樂荘というアパート。安さの理由は事故物件とかではなく単にボロだから。そんなアパートには幽霊とかいったモノはついてないけれど、可愛くないヤクザのような顔の猫と個性的な住民が暮らしていた。
俺と猫と住民とのどこか恍けたまったりライフ。
以前公開していた作品とは人物の名前が変わっているだけではなく、設定や展開が変わっています。主人公乕尾くんがハッキリと自分の夢を持ち未来へと歩いていく内容となっています。
よりパワーアップした物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
小説家になろうの方でも公開させていただいております。
会議中に居眠りをしていたら、うっかり悪魔を呼び出してしまったOLさんのおはなし
石河 翠
恋愛
残業中に突然見知らぬ男の子に声をかけられた主人公。幽霊かお化けかと慌てる彼女に、男の子は自分は悪魔だと告げます。しかも、主人公に召喚されたと言うのです。
なんと居眠りの最中に取ったメモが、召喚陣として機能してしまったようなのです。しかも寝ぼけていた主人公は、気がつかない間に悪魔を美少年に変えてしまっていたのでした。
契約が完了しないことには、帰ることもできない悪魔を主人公は保護することに。契約が切れるまでの期限つきの同居は果たしてうまくいくのでしょうか。
ツンデレで俺様な悪魔(意外とマメで苦労性)と、真面目なOLさん(ちょっと天然気味で鈍感)の恋物語です。
この作品は、小説家になろう、エブリスタにも投稿しております。
扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。
契約違反です、閻魔様!
おのまとぺ
キャラ文芸
祖母の死を受けて、旧家の掃除をしていた小春は仏壇の後ろに小さな扉を見つける。なんとそれは冥界へ繋がる入り口で、扉を潜った小春は冥界の王である「閻魔様」から嫁入りに来たと勘違いされてしまい……
◇人間の娘が閻魔様と契約結婚させられる話
◇タグは増えたりします
AIアイドル活動日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!
そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる