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(17)三川内焼き-2

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 歩いている途中で携帯が鳴っていることに気がつく。慌てて確認してみると、電話の相手は会社の部長だった。お昼休みぎりぎりだと思っていたが、もしやすでに休憩時間は終了していたのだろうか。

「もしもし? すみません、もうすぐ戻ります」
「いや、そうじゃなかと。わるかばってん、買いもんに行ってくれんね(いや、そうじゃないんだよ。申し訳ないんだけれど、買い物に行ってきてもらってもいいかな?)」
「おつかい、ですか?」
「お客さんのうちにくっけん、シースケーキばこうてきて(お客さんがうちに来るから、シースケーキを買って来て)」
「はい。おいくつでしょう?」
「お客さんはひとりばってん、せっかくやけん会社の女ん子の分ば一緒にかわんね。おいが出すけん、気にせんでよか(お客さんはひとりだけれど、会社の女性社員の分も一緒に買いなさい。僕が支払うから、気にしないでいいからね)」
「みんな喜びますね。わかりました」
「そいじゃ、頼むけん(それじゃあ、頼んだよ)」

 伝えられた内容に、ほっと胸を撫でおろす。「やぜか電話とか出らんでよかけん、外でたべてこんね(面倒な電話に出る必要はないのだから、外で食べてきなさい)」と言ってくれる優しい上司がこの部長だ。長崎弁が強いので、県外のひとから見ると部長はいつも怒っているように見えるらしい。実際は、単純に長崎弁特有の早口で、声が大きいだけの素敵なおじさまなのだ。

 部長がわざわざ来客用にシースケーキを用意するということだから、ご年配のそして結構大事なお客さまなのかもしれない。急かされなかったとはいえ、早めに戻るほうがよさそうだ。とはいえ、ちょうど浜んまち商店街にいたので焦る必要はないだろう。浜市アーケードを曲がり、ベルナール観光通りを電車通りに側に向かって進めば目的のお店である梅月堂はすぐそこなのだから。

 梅月堂は、長崎の老舗和洋菓子店だ。明治27年に創業したこのお店は、長崎市民にはおなじみのケーキ屋さんである。何と言っても祖父母の世代なら、確実に梅月堂が全国にあると信じ込んでいるレベルで市民に浸透しているのだ。

 確かに浜んまちにあり、長崎駅前にあり、長崎大学病院の中にもあり、各ショッピングモールや大型スーパーの中にもあるのだから、誤解するのも仕方がないのかもしれない。一応私より若い世代は梅月堂が全国チェーンだとは思っていないものの、じゃあ果たしてどれくらい梅月堂以外のケーキを食べたことがあるかと言われると、また難しいところだったりする。

 梅月堂以外のケーキでみんなが知っているケーキ屋さんとなると世代ごとにばらつきがあるのだ。安くて美味しいケーキ屋さんとして有名なシャトレーゼが長崎に上陸したのは2017年。私も成人してから初めて食べた。

 個人経営のケーキ屋さんの知名度は言わずもがな。あとは梅月堂の隣の西銀は長崎市民ならやっぱりみんな知っているだろうけれど、それも高級志向の梅月堂、庶民派の西銀みたいな祖父母や父母の世代が知っているからこその認知度の高さのようにも思えた。

 さて、そんなじげもんなら絶対に知っている梅月堂。浜んまちにある梅月堂の本店に入れば、色とりどりのケーキがショーウィンドウに並んでいた。季節のケーキはどれも美味しそうで心躍るけれど、私は頼まれた通り、シースケーキをお客さまと女性社員の人数分注文する。

 シースケーキというのは、梅月堂発祥のケーキだ。長方形のスポンジケーキの間にカスタードクリームが挟まっていて、表面は生クリームで覆われ、黄桃とパイナップルで飾られている。その昔苺が手に入りにくかったことから、このトッピングになったのだそうだ。

 まさに昭和レトロとでも言うべき懐かしいお味がするのだが、長崎市内では定番のケーキであり、いつお店に行ってもどーんと王さまみたいな存在感でお客を待ち構えている。

 お客さまと職場の女性の数を足した分を注文して、ふと予感がした。もうひとつ、多めに買った方が良いような気がする。食べ物の恨みは恐ろしい。食べ損ねたひとが出たら、のちのちまで言われることになるだろう。特に会社は事務のお姉さまたちの努力で回っている。絶対に敵に回したくないし、かといって私がケーキを我慢するのは嫌だ。万が一にもケーキが余ったら、こっそり部長に献上しよう。

 そんなことを考えながら会社に戻ると、着物姿の品の良い年配の女性がちょうど会社に入っていくところだった。
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