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(16)三川内焼き−1
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お昼休みは、やっぱり外でご飯を食べるのが好きだ。お弁当を作れば身体にもお財布にも優しいのはわかっている。最近ではスープジャーも浸透しているし、お弁当の容器自体を温めることもできるので、冷たいご飯が苦手というひとでも便利な世の中になってきていると思う。
けれどやっぱり、自分のために作られたご飯というものはいいものだ。誰かが作ってくれるご飯というのは、それだけで美味しくありがたい。
昼休みは電話が繋がらなくて当たり前だと言ってくれる上司はまさに神だ。「社内に残ると電話番をする羽目になるから、いっそ全員で外出しちゃいなさい」というのは、私たちを感動させた名言である。
普段は会社の周辺で食事をとっていたのだけれど、今日は足を延ばして県庁坂を越えた先にあるお店に出かけていたので、まったくもって時間に余裕がない。食べた分のカロリーを速攻で消費する勢いで、会社へと急いで戻る。もちろん移動手段は徒歩だ。
長崎市内は坂が多く、歩道も狭いので自転車を使うひとはとても少ない。特に祖母の家の周辺では、自転車の利用は無謀だ。他の地域では通学に自転車を利用することがメジャーらしいが、長崎市内の学校では自転車通学は禁止されていることが多い。
まあ、行きは常に上り、帰りは常に下り。バスがお互いに通り抜けられること自体が奇跡みたいな細く曲がりくねった道で、自転車を使うのはわりとリアルに命が危ないからなんだろうけれど。ちなみに全国の自転車保有率の最下位は沖縄で、次点が長崎なのだとか。
ところが、勢いよく坂を下り始めたところでぐらりと目の前が揺れた。パンプスを側溝の穴に引っ掛けたかと焦ったが、周囲からひとの気配が消えたことで理解する。どうやら今から、ボランティアのお時間のようだ。
あやかしからのご依頼は、時と場所を選ばない。まさか会社の昼休みに、祖母の家から離れた県庁坂で呼び出されるとは思ってもいなかった。あやかし坂に繋がるのは、祖母の家の周辺の細い坂限定なのかと思っていたが、県庁坂みたいな大きな道路まで守備範囲だったらしい。あやかしからすれば、私が坂にいるかどうかだけが重要なのかもしれない。判定がガバガバ過ぎて困る。
とりあえず依頼を引き受けて、急いで会社に戻ろう。家賃を節約するために祖母の家に住まわせてもらっているといるのだ。交換条件であるお届けものやさんをすることで業務に支障をきたし、会社をクビにでもなったら完全に本末転倒だ。情けなくて目も当てられない。
息を切らしながら坂を進んでいくと、目の前に何人かの子どもが現れた。1人、3人、5人、7人。松の木の下で、蝶々を追いかけながら遊んでいる中国風の髪型や服装をした子どもたちだ。やっぱり特徴的なのは、その髪型だろう。頭の両側を残して上部を剃り、残りの髪の毛を上側で結んでいる。唐子髷と言うのだったか。
子どもたちは、私を見つけると軽やかに駆け寄ってきた。そして、うやうやしく小さな桐箱を差し出してくる。やだなあ、このご時世中身の見えないものを受け取るのは怖いんだよ。もちろん拒否権はないので、私も押し黙って受け取らせてもらう。中国風の正式な挨拶なんてわからないから、とりあえず日本風に深々と頭を下げておいた。
「えーと、すみません。一応聞きますが、お届け先のヒントは?」
きゃらきゃらと、言葉として認識できない声で子どもたちがさざめきあっている。まあもしかしたら中国語だったのかもしれないけれど、そもそも古代の中国語が今の中国語と同じ発音ではないので聞き取るのは至難の業だ。
「一応、中身を確認させてもらいますよ。開けてもいいですね?」
やはり子どもたちからの返事はない。だが、とりあえず事前に宣言することが大事なのだ。勝手に大事な贈り物を開封されたと言いがかりをつけられるのは避けたいし、かといって中身を確認しないまま持ち歩いてうっかり腐らせてしまっても困る。どうか生ものではありませんように。祈るような思いで蓋を外すと、中には透き通るような白地に鮮やかな青が美しいコーヒーカップと、小皿がセットで納められていた。
「あら、素敵ね」
祖母の家にも同じような絵柄の食器がある。それこそ皿うどん用の大皿はまさに同じような文様だ。だが和食器といった雰囲気の大皿とは異なり、桐箱の中のものはずいぶんと洒落ていた。祖母の言葉を借りるなら、ハイカラとでも言おうか。
もしかしたらかつて海外向けに作られたもので、いわゆる骨董品なのかもしれない。これは落としたりなんかしたら、大変だ。慌ててエコバックを取り出してしまいこむ。手首にかけつつ、エコバックを抱え込めば、落として割るリスクを少しでも減らせるだろう。まったく、おっちょこちょいにこのお届けものは荷が重すぎる。
私が中身を確かめたことまで見届けたからだろうか。ぐるんと、周囲の景色が無理やりかき回されたように歪み、たたらを踏む。また情報不足のまま、依頼を引き受けてしまった。一瞬で県庁坂のてっぺんから繁華街の浜んまち商店街まで移動させてもらえていたので、それだけは感謝しよう。今日もぎりぎり昼休み中に職場に戻れそうだ。
けれどやっぱり、自分のために作られたご飯というものはいいものだ。誰かが作ってくれるご飯というのは、それだけで美味しくありがたい。
昼休みは電話が繋がらなくて当たり前だと言ってくれる上司はまさに神だ。「社内に残ると電話番をする羽目になるから、いっそ全員で外出しちゃいなさい」というのは、私たちを感動させた名言である。
普段は会社の周辺で食事をとっていたのだけれど、今日は足を延ばして県庁坂を越えた先にあるお店に出かけていたので、まったくもって時間に余裕がない。食べた分のカロリーを速攻で消費する勢いで、会社へと急いで戻る。もちろん移動手段は徒歩だ。
長崎市内は坂が多く、歩道も狭いので自転車を使うひとはとても少ない。特に祖母の家の周辺では、自転車の利用は無謀だ。他の地域では通学に自転車を利用することがメジャーらしいが、長崎市内の学校では自転車通学は禁止されていることが多い。
まあ、行きは常に上り、帰りは常に下り。バスがお互いに通り抜けられること自体が奇跡みたいな細く曲がりくねった道で、自転車を使うのはわりとリアルに命が危ないからなんだろうけれど。ちなみに全国の自転車保有率の最下位は沖縄で、次点が長崎なのだとか。
ところが、勢いよく坂を下り始めたところでぐらりと目の前が揺れた。パンプスを側溝の穴に引っ掛けたかと焦ったが、周囲からひとの気配が消えたことで理解する。どうやら今から、ボランティアのお時間のようだ。
あやかしからのご依頼は、時と場所を選ばない。まさか会社の昼休みに、祖母の家から離れた県庁坂で呼び出されるとは思ってもいなかった。あやかし坂に繋がるのは、祖母の家の周辺の細い坂限定なのかと思っていたが、県庁坂みたいな大きな道路まで守備範囲だったらしい。あやかしからすれば、私が坂にいるかどうかだけが重要なのかもしれない。判定がガバガバ過ぎて困る。
とりあえず依頼を引き受けて、急いで会社に戻ろう。家賃を節約するために祖母の家に住まわせてもらっているといるのだ。交換条件であるお届けものやさんをすることで業務に支障をきたし、会社をクビにでもなったら完全に本末転倒だ。情けなくて目も当てられない。
息を切らしながら坂を進んでいくと、目の前に何人かの子どもが現れた。1人、3人、5人、7人。松の木の下で、蝶々を追いかけながら遊んでいる中国風の髪型や服装をした子どもたちだ。やっぱり特徴的なのは、その髪型だろう。頭の両側を残して上部を剃り、残りの髪の毛を上側で結んでいる。唐子髷と言うのだったか。
子どもたちは、私を見つけると軽やかに駆け寄ってきた。そして、うやうやしく小さな桐箱を差し出してくる。やだなあ、このご時世中身の見えないものを受け取るのは怖いんだよ。もちろん拒否権はないので、私も押し黙って受け取らせてもらう。中国風の正式な挨拶なんてわからないから、とりあえず日本風に深々と頭を下げておいた。
「えーと、すみません。一応聞きますが、お届け先のヒントは?」
きゃらきゃらと、言葉として認識できない声で子どもたちがさざめきあっている。まあもしかしたら中国語だったのかもしれないけれど、そもそも古代の中国語が今の中国語と同じ発音ではないので聞き取るのは至難の業だ。
「一応、中身を確認させてもらいますよ。開けてもいいですね?」
やはり子どもたちからの返事はない。だが、とりあえず事前に宣言することが大事なのだ。勝手に大事な贈り物を開封されたと言いがかりをつけられるのは避けたいし、かといって中身を確認しないまま持ち歩いてうっかり腐らせてしまっても困る。どうか生ものではありませんように。祈るような思いで蓋を外すと、中には透き通るような白地に鮮やかな青が美しいコーヒーカップと、小皿がセットで納められていた。
「あら、素敵ね」
祖母の家にも同じような絵柄の食器がある。それこそ皿うどん用の大皿はまさに同じような文様だ。だが和食器といった雰囲気の大皿とは異なり、桐箱の中のものはずいぶんと洒落ていた。祖母の言葉を借りるなら、ハイカラとでも言おうか。
もしかしたらかつて海外向けに作られたもので、いわゆる骨董品なのかもしれない。これは落としたりなんかしたら、大変だ。慌ててエコバックを取り出してしまいこむ。手首にかけつつ、エコバックを抱え込めば、落として割るリスクを少しでも減らせるだろう。まったく、おっちょこちょいにこのお届けものは荷が重すぎる。
私が中身を確かめたことまで見届けたからだろうか。ぐるんと、周囲の景色が無理やりかき回されたように歪み、たたらを踏む。また情報不足のまま、依頼を引き受けてしまった。一瞬で県庁坂のてっぺんから繁華街の浜んまち商店街まで移動させてもらえていたので、それだけは感謝しよう。今日もぎりぎり昼休み中に職場に戻れそうだ。
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