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(13)べっ甲-7

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「どうしてここに」
「班のみんなには、了解を得てから来たよ。場所は、アプリがあるからさ」

 そういえば、今の学生さんたちはお互いの現在地をリアルタイムで共有しているんだっけ。私にはわからない感覚である。もちろん私は、そのアプリはスマホにインストールしていない。

 アプリを入れたところで、家と職場の往復しかしないし、休日は家から出ないのでなんの面白味もない。……いや、あやかし坂に行ったときに、現在地がどう表示されるかはちょっとだけ興味はあるものの、信じられないような表示になってもあとが怖いので、やはりアプリをインストールするつもりはない。

「雰囲気ないところで、渡しちゃってごめん」
「ううん、わたしこそ、可愛くない反応をしちゃってごめんなさい。その上、突き返しちゃったから指輪、転がっていったんでしょう?」
「……うん。でも、そもそも俺が悪いからさ」
「見つかった?」
「……うーん、ごめん」
「本当にごめんなさい!」

 困った顔で自分が悪いと言ってみせるイケメンくんに、感動してしまう。すごい、心まで彼はイケメンくんだ。

 そして盛り上がるふたりの近くで、どうしていいかわからず私はひたすら気配を殺す。そう、私は壁。ふたりの世界を見守る壁です。

「考えてみれば、あんな風に渡されちゃ嫌な気持ちになってもしょうがないよな。俺、ちょっと焦ってたんだ」
「焦るってどういうこと?」
「父さんの海外転勤が決まったんだ。俺と母さんはこっちに残るだろうと思っていたのに、一緒に帯同することになったらしい」
「そんな」
「遠距離になるけれど、ちゃんと戻ってくるから。それまで、俺のことを待っていてほしいんだ。だから、どうしても指輪を渡したくて……。べっ甲を見たら、急にこれだって思っちゃったんだ。なんでかわからないんだけれど」

 なるほど、遠距離恋愛か。大学受験も控えた大事な時期だろうに、一緒に帯同するってことはこの男の子、海外の大学に進学予定なの? それとも帰国子女枠で大学受験? いずれにせよ、頭いいんだろうなあ。

 不意にイケメンくんの向こう側にまた別の誰かが見える。ええと、これは昔のオランダ商人? 

 丸山遊女は吉原や島原の遊女たちと比べて特徴的なことがあることを思い出した。彼女たちは唐人屋敷や出島に外泊し、外国人との交流を持っていたのだ。いわゆる唐人行き、オランダ行きと呼ばれる遊女たちのことである。彼らは高価な揚げ代だけでなく、チップとして貴重品だった砂糖などまでくれたそうだ。

 疑似恋愛ではなく、本気でお互いを想い合う関係になった人々も多かったのだろう。そしてその一方でどうすることもできないまま、離れ離れになった事例もまた数えきれないほどあったのではないだろうか。

 なにせ当時の外国人たちは、長崎に滞在できる期間が限られており、その期間は非常に短期間であることがほとんどだったそうではないか。その上、当時の日本人は海外に渡航することを禁じられていた。必然的にどんなに愛し合っていたところで、添い遂げることなど叶わなかったのだ。

 正直、透けて見えるふたりは甘々とは言い難い雰囲気だ。声は聞こえないから、想像することしかできないけれど、端的に言えば修羅場。それはふさわしい。

 かつてのイケメンくんらしいオランダ商人が、かつての女子高生ちゃんらしい太夫に指輪を渡そうとする。けれど薄く透けた景色の中で、太夫は指輪を突き返していた。さらに自身のべっ甲のかんざしをオランダ商人に投げつけている。その姿を困ったような顔で、白黒の犬が静かに見つめていた。

「君は、ふたりに幸せになってほしいんだね」
「わん!」

 へっへっへっと舌をべろべろ出しながら、狆(仮名:アナゴくん、本名:ココちゃん)はこちらを見上げてくる。

「そのために、あやかしになったの? 自力で?」

 けれど、こちらの質問には答えてくれないままだ。まあ、細かいことはどうでもいい。とりあえず、お届けものやさんとしての務めを果たそうではないか。

「あ、これ君のでしょ。さっき、かばんから転がりでてきたよ」
「え、本当ですか? あれだけ探したのに、おかしいな。かばんに滑り込んでいたのかな。いや、すみません。ありがとうございます」

 ごめん、探しても出てくるはずないんだよ。こっちがあやかし坂で回収しちゃったんだもん。でも、そのままにしていたら、中華街のそばを流れる川にどぼんしちゃっていた可能性が高いから許して。

 前世は悲恋に終わったらしい一組の恋人たち。彼らは今度こそ幸せになれるはずだ。なにせ、文明の利器もあるし、いざとなったらお互いに会いに行くことは可能なのだから。

 遠距離恋愛は大変なことも多いけれど、かつて辛い別れを経験した彼らなら、なんとか乗り越えていけるのではないか。無責任だけれど、私はそう思えてならなかった。
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