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(5)椿-5

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 昼休みの時間に合わせて、教えてもらった辺りをうろつく。確かに眼鏡橋からすぐのところにあったので、方向音痴の私でもあっさり会社を見つけることができた。

 眼鏡橋は、中島川にかけられた石橋だ。日本で最も古いアーチ型石橋のひとつであり、社会の教科書に載っていたりもするので、長崎に来たことがないひとにもよく知られているような気がする。こうやって見てみると、意外と観光客のみなさんが多い。

 やはり、観光地的に外せないスポットなのだろうか。ちょっとネットで調べてみたところ、眼鏡橋には「ハートストーン」なるものが20個近くあるらしい。このハートストーンに触ると、恋が叶うのだとか。

 そんな話は初耳である。学生時代に彼氏ができなかった弊害だろうか。いやむしろ知っていたら、彼氏を作るために触りまくっていたような気がするので、いつの間にか付け加えられた伝説だと思うことにした。さすがは国の重要文化財である。

 そうやって待つことしばし。なんともありがたいことに、目当てのお相手から声をかけてもらうことができた。渋い目上の男性だ。

「あの、失礼ですが……」
「はっ、はいっ」

 まさか、不審者と思われて声をかけられただけだったのか。確かに、椿の枝を持った見知らぬ女が会社の出入り口付近でうろうろしているのは正直言って怪しい。違うんです、ストーカーじゃないんですと叫ぶ前に、男性に頭を下げられた。

「驚かせてしまってすみません。この椿に見覚えがあって。赤い椿はよくありますが、花びらの縁が白くなっているものはとても珍しいので。こちらの椿、どこで手に入れたものかお伺いしても?」
「ええと、すみません。今日椿の咲いているお宅の近くを通りがかった際に、こちらをお届けするように頼まれてしまいまして。その、お預けしてもよろしいでしょうか?」

 誰に託されたかも、誰宛のものなのかも言わない。映画ならほぼほぼ犯人しかやらない行動なのに、なぜかほっとしたような表情で男性は椿を受け取ってくれた。

「これは、預かったものなんですね?」
「ええ、赤い着物がよく似合う、黒髪の綺麗なお嬢さんでしたよ。お知り合いですか?」

 尋ねてみると、困ったような顔をされた。

「この椿が咲いているのは、叔父の家でしてね。今は入院中なんですが、が待っているから、こんなところで入院している場合ではない、早く帰らないとと騒ぐんですよ。叔父はずっと独り身なのに」
「そうなんですね」
「何度も病院を抜け出そうとしていたのですが、椿が手元にあれば落ち着いて部屋にいてくれそうです。助かりました」
「いえいえ、私は頼まれて持ってきただけですので」
「自分たちで椿を切って持っていければ良かったのですが、お恥ずかしい話、椿に手を出そうとすると叔父が反対して大変だったんですよ。とんでもない剣幕で、そのままぽっくりいきかねない様子でしてね」

 叔父さんとやらの年齢は不明だが、甥御さんの年齢を考えると結構な年齢だと思われる。椿の彼女も相当心配だったのではなかろうか。椿を届けることで、彼女が病院に会いにいけるようになるのかはわからないが、叔父さんの容態が少しでも落ち着いてくれるといいなあと思う。

「椿、大切にされているんですね」
「ええ。何でも出張だか調査だかで五島に行ったときに、地元のお宅の庭の椿に一目惚れしたそうなんです。何日も通い詰めて、分けてもらったんだとか。そりゃあもう大切に育ててきたみたいですよ」
「台風にも負けず大きく育ったんですね」
「叔父は、椿と添い遂げたようなものですよ。祖父母はえらく怒っていましたけれどねえ」

 つんと冷たくそっぽを向いていた、赤い着物の女性の姿を思い出す。お届け先のお相手の名前さえ伝えたくないくらい焼きもちやきの可愛い恋人。椿の切り枝が手元に届けば、家の主も腹をくくって治療に専念してくれることだろう。

 なにせ自宅では、可愛い恋人が首を長くして彼の帰りを待っているのだから。
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