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(4)椿-4

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 椿を抱えてしょぼくれて出勤していると、狭い路地で顔見知りの宅配便のお兄さんとすれ違った。いつ見てもびっくりするくらいのイケメンっぷりに、今日も心の中で拝み倒す。長崎出身の某アーティストのように、「バス停の君」ならぬ「宅配便の君」なんてあだ名をつけられていてもおかしくはないような格好よさなのだ。

 出会い頭に不思議そうな顔をされたのは、いつもならとっくに会社にいるはずの人間がいまだにこの辺りをうろうろしているせいだろう。

 宅配便のお兄さんというのは、名探偵ばりに何でもご存じだ。個人の在宅時間から家族構成、仕事、趣味はてはここ最近の出来事までばっちり押さえている。たぶん坂の町の住人のことをよく知っているのは、おまわりさんか宅配便のお兄さんかのどちらかだろう。

 近所の女性に、どうしてもこの椿を届けてほしいと朝から捕まった挙句遅刻してしまったのだとこぼせば気の毒そうな顔をされてしまった。押しの強いおばさまを想像しているのかもしれない。実際は見た目だけなら、妙齢のお嬢さんである。実年齢は知らないが。

「とりあえずバケツに水を張って入れておけば、夕方までしおれずに済みますかね?」
「お届けものなんですよね? 早めに相手に渡さなくて大丈夫なんですか?」
「それがその方がとてもせっかちさんで、詳しいことを教えられないまま押しつけられちゃったんです。ただの通りすがりなので電話番号も何もわからないし」
「それは困りましたね」
「そうなんですよ。生ものだから傷むのが一番怖くて」

 うっかり目的の人物に渡す前に枯らしてしまったら、さらりと祟られそうな気がする。あやかしは本当に理不尽なのだ。せめてお届け先のヒントでもあれば……。ため息をつく私に、そういえばとお兄さんが話し始めた。

「昨日、荷物の集荷に行った先で、叔父さんが病院を抜け出して困っていると話していた方がいらっしゃいましたよ。何でも、家の椿が心配だからおちおち入院してはいられないと。そのせいで叔父さんと喧嘩ばかりして大変だとかなんだとか」
「それだ!」
「いやでも、この情報だけでお相手だと決めるには早すぎるのでは?」
「大丈夫です。お兄さんがわからなかったら、私には一生わからないので。すみません、甥御さんのご自宅か、連絡先を教えていただくことってできますかね?」
「ご自宅や電話番号は教えられないですね……。ご本人の入院先なら……」 
「いや、それはちょっと」

 この辺りで緊急入院となったのなら、行き先は長崎みなとメディカルセンターだろう。かなり前に横文字の名前に変わったはずなのに、いまだに市民病院と言われ続ける長崎市民御用達の病院だ。

 とはいえ、名前さえ教えてくれない相手に直接会おうものなら、お届けもの云々ではなく呪われそうな気がする。やはり、「いのちだいじに」の精神でいきたい。

「甥御さんに会うの、難しいですかね?……」
「いや、お勤め先は確か眼鏡橋の近くですから、そこを訪ねてみてはどうでしょう」
「わあ、本当にありがとうございます!」

 あやかしのやり方が投げっぱなしなことが多いのは、物事を流れに乗せてしまえばなんとなくどうにかなってしまうことが多いからなのだろう。帳尻を合わせる方は、たまったものではないのだが。

 ぎりぎりグレーかアウトな情報を教えてくれたお兄さんのためにも、祟られずにミッションコンプリートしたいところである。
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