4 / 29
(3)椿-3
しおりを挟む
坂を上りきったところで目に入ったのは、鮮やかな紅の花。面白いことに、花びらにはレースのような白い縁取りが入っていた。辺りにはむせ返るような甘い匂いが立ち込めている。
「わあ、綺麗な山茶花」
「椿でしてよ」
思わず口をついて出た感想だったが、愛らしくも凛とした言葉で訂正される。いつの間に立っていたのか、花と同じ鮮やかな赤い着物を身にまとった若い女性だった。
整いすぎた容姿と、この寒さをものともしていない様子に、やはり依頼人のあやかしだろうと確信する。艶やかな黒髪が美しい。椿油は髪を美しくすると聞くが、その効果だろうか?
髪飾りとして使われているのもやはり同じ色の椿。県内の離島、五島列島は椿の花が有名であることを不意に思い出した。
「あなたは、椿と山茶花の違いもわからないのね。あの方は、わたくしのことをあんなに褒めてくださったのに」
「はあ。えーと、すみません?」
「悪いとも思っていない癖に謝られると、余計に腹が立ちますわ」
喧嘩腰のあやかしは、わりかしよく見かける。「お客さまは神さまです」というフレーズに対して、クレームを入れたくなる今日この頃だ。
なおこんな風にけちょんけちょんに言われているが、このお届けものやさん業は、基本的に無料である。なんなら、交通費などを考えると持ち出しが発生することだってあるブラック稼業なのだ。なぜに彼らの我儘に付き合う必要があるのか、さっぱり理解できない。
「こんな方がお届けものやさんだなんて心配だわ」
「まあ、お預かりしたものはきちんとお届けしますので。宛先と住所をお伺いできますか?」
「大切なひとの名前よ。一文字だって分けてはやらないわ」
「……はあ?」
「そもそもあなたには、既に相手がいるじゃない。それなのにわたくしの相手まで欲しいだなんて。欲張りもいいところね」
「何の話ですか?」
「まあいいわ。ちゃんと届けてちょうだいな」
「いや、ちょっと!」
私の知らないことをたくさん知っているくせに、彼らは大事なことはさっぱり教えてくれない。
宛先がわからないと届けられないのですが。そう言いかけたときには、既にお相手の姿は消えてしまっていた。ひどい。こちらに完全に丸投げしてくるなんて、あやかしというのはみんなヤバいお客さまである。
しかも椿を枝ごと渡されても、私にはどうすればいいのかわからない。まあ、枝から外れた花だけ渡されるよりは持ち運びしやすいのだけれど。とりあえず渡す相手が見つかるまで、会社のバケツに入れておけばいいのだろうか。
「なるようにしかならないか」
経験上、早めに諦めをつけた。気がつけば家の近くの道に戻されている。あやかし坂を抜けたときの出口はさまざまだ。
元の場所に戻ることもあれば、とりあえず街の近くに下ろされていることもある。どうせなら、職場も近くなるし、坂を下り終えるところまで連れていってくれたら良かったのに。
「完全に遅刻だ……」
とぼとほどと椿を片手に歩く私のことを、キジトラの集団がまだ会社に行っていなかったのかと、呆れたように見送ってくれた。
「わあ、綺麗な山茶花」
「椿でしてよ」
思わず口をついて出た感想だったが、愛らしくも凛とした言葉で訂正される。いつの間に立っていたのか、花と同じ鮮やかな赤い着物を身にまとった若い女性だった。
整いすぎた容姿と、この寒さをものともしていない様子に、やはり依頼人のあやかしだろうと確信する。艶やかな黒髪が美しい。椿油は髪を美しくすると聞くが、その効果だろうか?
髪飾りとして使われているのもやはり同じ色の椿。県内の離島、五島列島は椿の花が有名であることを不意に思い出した。
「あなたは、椿と山茶花の違いもわからないのね。あの方は、わたくしのことをあんなに褒めてくださったのに」
「はあ。えーと、すみません?」
「悪いとも思っていない癖に謝られると、余計に腹が立ちますわ」
喧嘩腰のあやかしは、わりかしよく見かける。「お客さまは神さまです」というフレーズに対して、クレームを入れたくなる今日この頃だ。
なおこんな風にけちょんけちょんに言われているが、このお届けものやさん業は、基本的に無料である。なんなら、交通費などを考えると持ち出しが発生することだってあるブラック稼業なのだ。なぜに彼らの我儘に付き合う必要があるのか、さっぱり理解できない。
「こんな方がお届けものやさんだなんて心配だわ」
「まあ、お預かりしたものはきちんとお届けしますので。宛先と住所をお伺いできますか?」
「大切なひとの名前よ。一文字だって分けてはやらないわ」
「……はあ?」
「そもそもあなたには、既に相手がいるじゃない。それなのにわたくしの相手まで欲しいだなんて。欲張りもいいところね」
「何の話ですか?」
「まあいいわ。ちゃんと届けてちょうだいな」
「いや、ちょっと!」
私の知らないことをたくさん知っているくせに、彼らは大事なことはさっぱり教えてくれない。
宛先がわからないと届けられないのですが。そう言いかけたときには、既にお相手の姿は消えてしまっていた。ひどい。こちらに完全に丸投げしてくるなんて、あやかしというのはみんなヤバいお客さまである。
しかも椿を枝ごと渡されても、私にはどうすればいいのかわからない。まあ、枝から外れた花だけ渡されるよりは持ち運びしやすいのだけれど。とりあえず渡す相手が見つかるまで、会社のバケツに入れておけばいいのだろうか。
「なるようにしかならないか」
経験上、早めに諦めをつけた。気がつけば家の近くの道に戻されている。あやかし坂を抜けたときの出口はさまざまだ。
元の場所に戻ることもあれば、とりあえず街の近くに下ろされていることもある。どうせなら、職場も近くなるし、坂を下り終えるところまで連れていってくれたら良かったのに。
「完全に遅刻だ……」
とぼとほどと椿を片手に歩く私のことを、キジトラの集団がまだ会社に行っていなかったのかと、呆れたように見送ってくれた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
会議中に居眠りをしていたら、うっかり悪魔を呼び出してしまったOLさんのおはなし
石河 翠
恋愛
残業中に突然見知らぬ男の子に声をかけられた主人公。幽霊かお化けかと慌てる彼女に、男の子は自分は悪魔だと告げます。しかも、主人公に召喚されたと言うのです。
なんと居眠りの最中に取ったメモが、召喚陣として機能してしまったようなのです。しかも寝ぼけていた主人公は、気がつかない間に悪魔を美少年に変えてしまっていたのでした。
契約が完了しないことには、帰ることもできない悪魔を主人公は保護することに。契約が切れるまでの期限つきの同居は果たしてうまくいくのでしょうか。
ツンデレで俺様な悪魔(意外とマメで苦労性)と、真面目なOLさん(ちょっと天然気味で鈍感)の恋物語です。
この作品は、小説家になろう、エブリスタにも投稿しております。
扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。
化想操術師の日常
茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。
化想操術師という仕事がある。
一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。
化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。
クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。
社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。
社員は自身を含めて四名。
九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。
常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。
他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。
その洋館に、新たな住人が加わった。
記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。
だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。
たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。
壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。
化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。
野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
ようこそ猫カフェ『ネコまっしぐランド』〜我々はネコ娘である〜
根上真気
キャラ文芸
日常系ドタバタ☆ネコ娘コメディ!!猫好きの大学二年生=猫実好和は、ひょんなことから猫カフェでバイトすることに。しかしそこは...ネコ娘達が働く猫カフェだった!猫カフェを舞台に可愛いネコ娘達が大活躍する?プロットなし!一体物語はどうなるのか?作者もわからない!!
失恋少女と狐の見廻り
紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。
人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。
一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか?
不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」
ブラック企業を辞めたら悪の組織の癒やし係になりました~命の危機も感じるけど私は元気にやっています!!~
琴葉悠
キャラ文芸
ブラック企業で働いてた美咲という女性はついにブラック企業で働き続けることに限界を感じキレて辞職届けをだす。
辞職し、やけ酒をあおっているところにたまに見かける美丈夫が声をかけ、自分の働いている会社にこないかと言われる。
提示された待遇が良かった為、了承し、そのまま眠ってしまう。
そして目覚めて発覚する、その会社は会社ではなく、悪の組織だったことに──
学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~
トベ・イツキ
キャラ文芸
三国志×学園群像劇!
平凡な少年・リュービは高校に入学する。
彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。
しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。
妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。
学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!
このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。
今後の予定
第一章 黄巾の乱編
第二章 反トータク連合編
第三章 群雄割拠編
第四章 カント決戦編
第五章 赤壁大戦編
第六章 西校舎攻略編←今ココ
第七章 リュービ会長編
第八章 最終章
作者のtwitterアカウント↓
https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09
※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。
※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。
宮廷の九訳士と後宮の生華
狭間夕
キャラ文芸
宮廷の通訳士である英明(インミン)は、文字を扱う仕事をしていることから「暗号の解読」を頼まれることもある。ある日、後宮入りした若い妃に充てられてた手紙が謎の文字で書かれていたことから、これは恋文ではないかと噂になった。真相は単純で、兄が妹に充てただけの悪意のない内容だったが、これをきっかけに静月(ジンユェ)という若い妃のことを知る。通訳士と、後宮の妃。立場は違えど、後宮に生きる華として、二人は陰謀の渦に巻き込まれることになって――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる