あやかし坂のお届けものやさん

石河 翠

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(2)椿-2

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 祖母の家は長年空き家だったが、実のところ祖母は健在だ。ただ高齢のため足腰の弱った祖母には、階段の続く坂道を延々と登り続ける体力は残っていなかった。そのため、家財道具を残したまま老人ホームに移っている。

 さて祖母の家に住むにあたって、私は持ち主である祖母ととある約束を交わしていた。それが、必要なときに「お届けものやさん」になるというものだった。

 坂の町は、荷物運びに苦労する。何せ、家の前まで車が入ってこれないのだ。立ち並ぶ家々の間には、細い坂道と階段が続いている。

 車が入ってこれない場所で、一番問題になるのは重たい荷物を簡単には運べないことだ。だから引っ越しの費用も高額になる。ピアノなんて運んだら、どえらいことになるらしい。

 引っ越しはそう頻繁にしないにしても日常的に起こりうる困り事がある。それが宅配便の受け取りだ。

 私は置き配を利用するけれど、外に置きっぱなしにするのは心配だから嫌だというおじいちゃんやおばあちゃんは意外と多い。

 そしてそんなおじいちゃんやおばあちゃん宛に来る宅配便というのは、坂の下にあるスーパーの野菜だったり、お水だったり、トイレットペーパーだったりという、必要不可欠な、けれど何度も背負子に乗せて運ぶには大変な代物ばかり。

 坂の町というのは、そう簡単に再配達をお願いできるような場所ではない。

 だから近所のひととお互いに納得済みなら、届いた荷物を預かりあうことだってある。その辺りの距離感が嫌だというひとも多いだろうけれど、それよりもこんな坂の上まで何度も荷物を持ってきてもらうことへの申し訳なさが勝つ。

 ちなみにこの辺りでは、荷物を届けてもらったらお礼代わりに清涼飲料水のペットボトルや栄養ドリンクを渡すのがちょっとしたマナーになっているくらいだ。羽振りのよい方だと、お茶代をそっと渡したりするのだとか。

 地域を支える宅配便のお兄さんがたに迷惑をかけてはいけない。それは祖母がたびたび私に教えてくれたこと。

 だから祖母の家に住むにあたっての約束というのは、そういう助け合いを忘れるなという戒めだと認識していた。そのせいで私はうっかり「お届けものやさん」を安請け合いしてしまったのだ。

『よかね、ちゃんとせんねよ?(いい、ちゃんとしなさいよ?)』
『わかってる。大丈夫だって』
『あんたは、なんもわかっとらんけん(あなたは、なんにもわかっていないのだから)』

 確かに私は何もわかっていなかった。まさか相手が、時と場合も考えず、その上相手先も曖昧なまま荷物を預けてくるようなあやかしだなんて予想もしていなかったのだから。
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