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プロローグ

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 長崎への転勤の辞令が出たのは突然だった。

「ちょっとこれ、どういうことですか!」
「どういうことって、決まったことだから。別に左遷とかじゃないんで安心して。ただ、君が身軽で動きやすかっただけ」

 結婚の予定がないことを軽くディスられたような気がして、舌打ちしたくなった。おかしい。私だって、結婚するつもりはあるのだ。なんだったら、寿退社だって辞さない覚悟がある。しかしさっぱりその気配がない。

 ちょっといい感じになる相手は今までだって何人かいた。けれど距離が近くなり、さあいよいよという頃になるとなぜか突然避けられてしまうのだ。それこそ、何か恐ろしいものを見たような顔で近づくことさえ拒絶されてしまう。あまりの縁のなさに何かに呪われているような気さえする。そろそろ婚活に本腰を入れるべきなのかもしれない。

「転勤先が地元なのは別にいいですよ。でも、なんで家賃補助がなくなっちゃうんですか!」

 うちの会社が、突然辞令を出してくるのには慣れている。でも、問題はそこじゃない。私の地元は、田舎の癖に家賃がとっても高いのだ。観光地だからかもしれないし、平地が少ないからかもしれない。少なくとも、家賃補助なしでかつ数ヶ月分の敷金礼金なんて払ったら、普通に食べていけない。

「勤続年数に左右されるからね。実家暮らしできるんだから、別にいいでしょ」
「うち、もう兄が結婚して同居してるんですよ! 今さら帰っても部屋なんか空いているわけないでしょう!」
「……まあ、がんばれ」
「だからおかしいでしょうが!」

 まさかの実家があるから大丈夫理論だったらしい。せめて本人に確認してくれ。まあ、転勤を打診されたら断っただろうけれど。

 長崎が地元の中堅ではなく、違う地域出身の若手を転勤させれば問題なく家賃補助がおりて良かっただろうに。そのことに気がついて尋ねたところ、そもそも田舎過ぎて転勤希望者がいないのだとか。

「なんにもないからね、長崎」
「なんにもないことはないでしょうよ! 世界遺産とか、猫とか、坂とか、階段とか! 海岸線の長さなんて、北海道の次なんですよ。あんなに面積が小さい県なのに。すごくないですか?」
「観光スポットの有無と住みやすさは別でしょう」

 失礼な!  中心部は栄えてるじゃないの。私が子どもの頃に転勤で住んでいた離島なんて、本当になにもなかったというのに! 新聞は朝届くものじゃないし、台風が来たらすべてがストップするんだからね!

 自分から、「田舎だからね」とか「なんにもないし」というのは許せるが、別の地域の相手にそう言われることは無性に許せない。複雑な郷土心である。

「まあ、拒否権はないから」
「知ってますよ。やだもうマジしんどい」

 そういうわけでお金もなく家もない私は、ほったらかしにされていた祖母の家に住むことになったのだった。
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