上 下
1 / 29

プロローグ

しおりを挟む
 長崎への転勤の辞令が出たのは突然だった。

「ちょっとこれ、どういうことですか!」
「どういうことって、決まったことだから。別に左遷とかじゃないんで安心して。ただ、君が身軽で動きやすかっただけ」

 結婚の予定がないことを軽くディスられたような気がして、舌打ちしたくなった。おかしい。私だって、結婚するつもりはあるのだ。なんだったら、寿退社だって辞さない覚悟がある。しかしさっぱりその気配がない。

 ちょっといい感じになる相手は今までだって何人かいた。けれど距離が近くなり、さあいよいよという頃になるとなぜか突然避けられてしまうのだ。それこそ、何か恐ろしいものを見たような顔で近づくことさえ拒絶されてしまう。あまりの縁のなさに何かに呪われているような気さえする。そろそろ婚活に本腰を入れるべきなのかもしれない。

「転勤先が地元なのは別にいいですよ。でも、なんで家賃補助がなくなっちゃうんですか!」

 うちの会社が、突然辞令を出してくるのには慣れている。でも、問題はそこじゃない。私の地元は、田舎の癖に家賃がとっても高いのだ。観光地だからかもしれないし、平地が少ないからかもしれない。少なくとも、家賃補助なしでかつ数ヶ月分の敷金礼金なんて払ったら、普通に食べていけない。

「勤続年数に左右されるからね。実家暮らしできるんだから、別にいいでしょ」
「うち、もう兄が結婚して同居してるんですよ! 今さら帰っても部屋なんか空いているわけないでしょう!」
「……まあ、がんばれ」
「だからおかしいでしょうが!」

 まさかの実家があるから大丈夫理論だったらしい。せめて本人に確認してくれ。まあ、転勤を打診されたら断っただろうけれど。

 長崎が地元の中堅ではなく、違う地域出身の若手を転勤させれば問題なく家賃補助がおりて良かっただろうに。そのことに気がついて尋ねたところ、そもそも田舎過ぎて転勤希望者がいないのだとか。

「なんにもないからね、長崎」
「なんにもないことはないでしょうよ! 世界遺産とか、猫とか、坂とか、階段とか! 海岸線の長さなんて、北海道の次なんですよ。あんなに面積が小さい県なのに。すごくないですか?」
「観光スポットの有無と住みやすさは別でしょう」

 失礼な!  中心部は栄えてるじゃないの。私が子どもの頃に転勤で住んでいた離島なんて、本当になにもなかったというのに! 新聞は朝届くものじゃないし、台風が来たらすべてがストップするんだからね!

 自分から、「田舎だからね」とか「なんにもないし」というのは許せるが、別の地域の相手にそう言われることは無性に許せない。複雑な郷土心である。

「まあ、拒否権はないから」
「知ってますよ。やだもうマジしんどい」

 そういうわけでお金もなく家もない私は、ほったらかしにされていた祖母の家に住むことになったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

千里香の護身符〜わたしの夫は土地神様〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
ある日、多田羅町から土地神が消えた。 天候不良、自然災害の度重なる発生により作物に影響が出始めた。人口の流出も止まらない。 日照不足は死活問題である。 賢木朱実《さかきあけみ》は神社を営む賢木柊二《さかきしゅうじ》の一人娘だ。幼い頃に母を病死で亡くした。母の遺志を継ぐように、町のためにと巫女として神社で働きながらこの土地の繁栄を願ってきた。 ときどき隣町の神社に舞を奉納するほど、朱実の舞は評判が良かった。 ある日、隣町の神事で舞を奉納したその帰り道。日暮れも迫ったその時刻に、ストーカーに襲われた。 命の危険を感じた朱実は思わず神様に助けを求める。 まさか本当に神様が現れて、その危機から救ってくれるなんて。そしてそのまま神様の住処でおもてなしを受けるなんて思いもしなかった。 長らく不在にしていた土地神が、多田羅町にやってきた。それが朱実を助けた泰然《たいぜん》と名乗る神であり、朱実に求婚をした超本人。 父と母のとの間に起きた事件。 神がいなくなった理由。 「誰か本当のことを教えて!」 神社の存続と五穀豊穣を願う物語。 ☆表紙は、なかむ楽様に依頼して描いていただきました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Halloween Corps! -ハロウィンコープス-

詩月 七夜
キャラ文芸
この世とあの世の狭間にあるという異世界…「幽世(かくりょ)」 そこは、人間を餌とする怪物達が棲む世界 その「幽世」から這い出し「掟」に背き、人に仇成す怪物達を人知れず退治する集団があった その名を『Halloween Corps(ハロウィンコープス)』! 人狼、フランケンシュタインの怪物、吸血鬼、魔女…個性的かつ実力派の怪物娘が多数登場! 闇を討つのは闇 魔を狩るのは魔 さりとて、人の世を守る義理はなし ただ「掟」を守るが使命 今宵も“夜の住人(ナイトストーカー)”達の爪牙が、深い闇夜を切り裂く…! ■表紙イラスト作成:魔人様(SKIMAにて依頼:https://skima.jp/profile?id=10298)

天使のスプライン

ひなこ
キャラ文芸
少女モネは自分が何者かは知らない。だが時間を超越して、どの年代のどの時刻にも出入り可能だ。 様々な人々の一生を、部屋にあるファイルから把握できる。 モネの使命は、不遇な人生を終えた人物の元へ出向き運命を変えることだ。モネの武器である、スプライン(運命曲線)によって。相棒はオウム姿のカノン。口は悪いが、モネを叱咤する指南役でもある。 ーでも私はタイムマシンのような、局所的に未来を変えるやり方では救わない。 ここではどんな時間も本の一ページのようにいつでもどの順でも取り出せる。 根本的な原因が起きた時刻、あなた方の運命を変えうる時間の結び目がある。 そこに心身ともに戻り、別の道を歩んで下さい。 将来を左右する大きな決定を無事乗り越えて、今後を良いものにできるようー モネは持ち前のコミュ力、行動力でより良い未来へと引っ張ろうと頑張る。 そしてなぜ、自分はこんなことをしているのか? モネが会いに行く人々には、隠れたある共通点があった。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

逢汲彼方
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

二を構成する膜と鱗粉 Isometric pieces

梅室しば
キャラ文芸
【潮蕊湖サービスエリアへようこそ。ベルを取ってお待ちください。お食事はすぐにできあがります。】 利玖は潮蕊湖サービスエリアにいた。そこは、昼間なら潮蕊湖を一望できるロケーション。コーヒーショップやフードコート、温泉まで併設した画期的な施設。だが奇妙な事に、真夜中のこのサービスエリアには他の利用者はおろか、従業員さえ一人もいない。サービスエリアの中で過ごしていた利玖は、ジュネと名乗る女性に出会う。ジュネは外回りを終えて帰宅する途中、休憩の為に潮蕊湖サービスエリアに立ち寄り、気が付いた時にはこの状況に陥っていたのだという。もう二日もここで過ごしているが、ずっと夜のまま誰の訪れもなく、駐車場にも戻れないと嘆くジュネ。不可解な場所で出会った二人は、無事に元の世界へ帰る事が出来るのか。 ※本作はホームページ及び「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。

処理中です...