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「そもそも私は、人混みが嫌いです」
「……ああ、確かにかつて君はそう言っていた。茶会も夜会も好きではないと。だが、今の君は平然とこなしてみせる」
「当然です。王子妃、そしてゆくゆくは王妃になる人間があからさまに不愉快な様子でお客さまの相手ができるでしょうか」
私にマナーを叩き込んでくださった家庭教師のご夫人は、大層厳しい方でした。今でもぴしりと叩かれる鞭の痛みを思い出してしまいます。
「……その通りだ」
「ひとの顔を覚えるのはいまだに苦手ですし、王宮内のマナーに関してもルール以上の意味は見出だせません。食事は王宮で出されるものなら、正直『全部美味しい』と感じる貧乏舌です。そのくせ、夜会では社交に忙しくほとんど口にできないのですから、まったく王子妃というものは窮屈なものだと思っております」
「そうだろうとも」
「殿下から見て、私が令嬢らしいつまらない女に変わってしまったというのなら、それは王子妃教育としては正しく成功していたと言えましょう」
辺境伯という地位はあれど、王都に住む高位貴族のご令嬢とは実際に吸収してきた事柄が異なります。王宮の中で生きていくためには、周囲に従うよりほかありません。
「……すまない」
「謝罪など欲しくはないのです」
「知っている。だからこそ、僕は君と」
「殿下は、私のことを変わってしまったとおっしゃいますが、私はあの頃のまま、殿下をお慕い申し上げております」
「セーラ」
「ドキドキできないとおっしゃるのなら、これからで構いません。私にときめいてくださいませ」
どうか、婚約を解消したいだなんておっしゃらないで。私は王子妃教育で学んだことを放り出して、心のままに殿下に懇願しました。何も言わないままここを去って後悔するくらいなら、恥ずかしいくらいにあがいた方がきっと諦めがつくはずです。
「あなたが好きだったから、ずっと頑張ってきたんです。殿下にとっては、何一つときめきのない数年間だったかもしれません。けれど、私はずっとあなたにドキドキしていたんです。あなたのためなら、自分の好きなことを全部我慢してもいいと思えるくらい」
馬に乗り、領内を駆け回る私のことをあなたが認めてくださったから、私は私の大事なものを全部捨ててでも、あなたを支えて生きていたいと思ったのです。
「セーラ……」
「はい」
「僕は、君に出会ったときからずっとドキドキしているよ」
「嘘です」
「本当。ただ、最近ではドキドキよりも、胸の痛みの方が大きかっただけさ」
握っていたはずの手を急に引かれて、殿下の腕の中に閉じ込められました。
「……ああ、確かにかつて君はそう言っていた。茶会も夜会も好きではないと。だが、今の君は平然とこなしてみせる」
「当然です。王子妃、そしてゆくゆくは王妃になる人間があからさまに不愉快な様子でお客さまの相手ができるでしょうか」
私にマナーを叩き込んでくださった家庭教師のご夫人は、大層厳しい方でした。今でもぴしりと叩かれる鞭の痛みを思い出してしまいます。
「……その通りだ」
「ひとの顔を覚えるのはいまだに苦手ですし、王宮内のマナーに関してもルール以上の意味は見出だせません。食事は王宮で出されるものなら、正直『全部美味しい』と感じる貧乏舌です。そのくせ、夜会では社交に忙しくほとんど口にできないのですから、まったく王子妃というものは窮屈なものだと思っております」
「そうだろうとも」
「殿下から見て、私が令嬢らしいつまらない女に変わってしまったというのなら、それは王子妃教育としては正しく成功していたと言えましょう」
辺境伯という地位はあれど、王都に住む高位貴族のご令嬢とは実際に吸収してきた事柄が異なります。王宮の中で生きていくためには、周囲に従うよりほかありません。
「……すまない」
「謝罪など欲しくはないのです」
「知っている。だからこそ、僕は君と」
「殿下は、私のことを変わってしまったとおっしゃいますが、私はあの頃のまま、殿下をお慕い申し上げております」
「セーラ」
「ドキドキできないとおっしゃるのなら、これからで構いません。私にときめいてくださいませ」
どうか、婚約を解消したいだなんておっしゃらないで。私は王子妃教育で学んだことを放り出して、心のままに殿下に懇願しました。何も言わないままここを去って後悔するくらいなら、恥ずかしいくらいにあがいた方がきっと諦めがつくはずです。
「あなたが好きだったから、ずっと頑張ってきたんです。殿下にとっては、何一つときめきのない数年間だったかもしれません。けれど、私はずっとあなたにドキドキしていたんです。あなたのためなら、自分の好きなことを全部我慢してもいいと思えるくらい」
馬に乗り、領内を駆け回る私のことをあなたが認めてくださったから、私は私の大事なものを全部捨ててでも、あなたを支えて生きていたいと思ったのです。
「セーラ……」
「はい」
「僕は、君に出会ったときからずっとドキドキしているよ」
「嘘です」
「本当。ただ、最近ではドキドキよりも、胸の痛みの方が大きかっただけさ」
握っていたはずの手を急に引かれて、殿下の腕の中に閉じ込められました。
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