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 王位継承権争いに巻き込まれぬようにと、病弱であることを理由に殿下が私の故郷へ来られた日のことは、今でも覚えています。

 てっきり可愛らしい女の子だと思っていた相手を、私は散々に振り回したものです。あちらはあちらで、そんな私のことを自分と同じ男の子だと思っていたようでしたが。

 まあ、貴族女性は馬に乗るときはドレスで横乗りが基本ですから、ズボンを穿き馬の背にまたがっている姿を見れば、少年だと思われても仕方がないかもしれませんね。

「君はすっかり変わってしまった。ここにいるのは、日の光がよく似合う小鳥ではなく、誰もが見惚れる淑女だ」
「お言葉ですが、殿下。ちょっぴり引っ込み思案でいつも私の背に隠れていた殿下は、いつの間にか女たらしになってしまったではありませんか」
「それは誰にでも親切にするべきだと思ったから」
「誰にでも優しいのは、ただの八方美人の優柔不断ですけれどね。しかも私の前では笑顔どころか、いつも仏頂面ですし」
「だったら君のほうこそ、」

 なんだかおかしくなってきて、私たちはどちらからともなく笑いはじめてしまいました。

「こんな風に喧嘩をしたのは、一体いつぶりでしょう」
「君を婚約者として王宮に招いたときには、すでにこんなおしゃべりはできなくなっていたような気がする」
「そうですね。殿下は、王太子となることが決まっておりましたし、私も他の貴族の方々に軽んじられるわけにはいきませんでしたから」

 今なら言えるでしょうか。出会ったばかりの幼い子どもの頃には、当たり前に言えていたはずなのに、すっかり口に出すことが恐ろしくなってしまった言葉を。

「ねえ、殿下。今日は、結局『ドキドキ』していただけたのでしょうか」
「『ドキドキ』というより、『ハラハラ』というか、『ヒヤヒヤ』というか」
「さようでございますか……」

 胸がぎゅっと苦しくなり、小さく息を吐きました。

「どうして『ドキドキ』にこだわるんだい。瑣末なことに気をとられるなんて、君らしくない。愚かな僕のことなんて放って、前に進めばいい」
「ねえ、殿下。私らしさって一体なんなのでしょう」

 私は思わず両の手で殿下の手を握りしめてしまいました。殿下、あなたは私の何を知っているというのです。
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