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政治から離れて気ままに過ごしていたはずの国王が、辺境伯に隣国への襲撃を命じたのはそれからしばらく後のことだった。王都の離宮に引きこもっているのが常の国王と愛妾が、わざわざ隣国近くにある王家の直轄領に足を運んだかと思っていたらこのざまである。国王からの再三の金の無心を、王妃が却下した結果であることは明らかだった。
「ここまで、愚かになってしまわれるとは。誰か悪い大人に焚きつけられたのかしら」
「王妃殿下の予想通りとはいえ、同じ国の人間としていたたまれないものがございます」
「辺境伯領の周辺で略奪が行われたという事実はないのね?」
「はい。近衛の一部が辺境伯に秘密裏に情報を伝え、既に捕縛済みとのことです」
優秀な人間をあえて王家から手放しておいた甲斐があったというものだ。みすみす故国が焼け野原になるのは、誰だって避けたいはず。戦争は、勝っても負けても傷跡を大きく残す。避けられるものなら避けたかった。自分たちの愚かさで始まるものであるのなら、なおさらだ。
小さくため息を吐いたエスターだが、用意されていた肩掛けを握りしめる。指先が、血の気を失って青白くなっていた。
「あなたが私の側仕えになって、何年になるかしら」
「三年でございましょうか」
「もう三年になるの」
「まだたった三年でございます」
「長いようであっという間だったわ」
腐りきって崩れ落ちる直前の王国。熟れた果実どころか、死臭のする老い先短い国。エスターの父である宰相が必死で支えていたが、もはやこれ以上生きながらえることは難しかった。それはエスターを生贄に差し出しても無理なこと。だからこそ、彼女は王妃としてこの国を生まれ変わらせる道を選んだのだ。
もちろんそのままでは生まれ変わるどころの話ではない。だから内部に溜まった膿を出し切るために、行動に出た。どうしようもなくて切り落とした部分もあれば、焼くことで傷を塞いだところもある。命がけの外科手術は成功し、死にかけの王国は新しい形で再び産声を上げることになるだろう。最後の仕上げに、原因たる王族が処刑されることによって。
「お飾りの王妃の茶番に最後まで付き合う必要はないのよ。春になったらあなたも城に戻っていらっしゃい。その頃には、ここも美しく掃除されているでしょうから」
「王妃殿下は、わたしを仲間外れにするおつもりなのですか」
「だって私は断頭台に行くしかないもの。優秀なあなたにこれ以上、汚れ仕事をさせたくないのよ。革命軍の参謀さん」
いつも通り表情も変えないまま答えた王妃に、側仕えは呆然と立ち尽くしていた。
「ここまで、愚かになってしまわれるとは。誰か悪い大人に焚きつけられたのかしら」
「王妃殿下の予想通りとはいえ、同じ国の人間としていたたまれないものがございます」
「辺境伯領の周辺で略奪が行われたという事実はないのね?」
「はい。近衛の一部が辺境伯に秘密裏に情報を伝え、既に捕縛済みとのことです」
優秀な人間をあえて王家から手放しておいた甲斐があったというものだ。みすみす故国が焼け野原になるのは、誰だって避けたいはず。戦争は、勝っても負けても傷跡を大きく残す。避けられるものなら避けたかった。自分たちの愚かさで始まるものであるのなら、なおさらだ。
小さくため息を吐いたエスターだが、用意されていた肩掛けを握りしめる。指先が、血の気を失って青白くなっていた。
「あなたが私の側仕えになって、何年になるかしら」
「三年でございましょうか」
「もう三年になるの」
「まだたった三年でございます」
「長いようであっという間だったわ」
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もちろんそのままでは生まれ変わるどころの話ではない。だから内部に溜まった膿を出し切るために、行動に出た。どうしようもなくて切り落とした部分もあれば、焼くことで傷を塞いだところもある。命がけの外科手術は成功し、死にかけの王国は新しい形で再び産声を上げることになるだろう。最後の仕上げに、原因たる王族が処刑されることによって。
「お飾りの王妃の茶番に最後まで付き合う必要はないのよ。春になったらあなたも城に戻っていらっしゃい。その頃には、ここも美しく掃除されているでしょうから」
「王妃殿下は、わたしを仲間外れにするおつもりなのですか」
「だって私は断頭台に行くしかないもの。優秀なあなたにこれ以上、汚れ仕事をさせたくないのよ。革命軍の参謀さん」
いつも通り表情も変えないまま答えた王妃に、側仕えは呆然と立ち尽くしていた。
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