婚約破棄の慰謝料を払ってもらいましょうか。その身体で!

石河 翠

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 慰謝料代わりの殿下の唇は、とろけるようにふわふわと柔らかい。私以外には甘い笑顔を振りまいているのだから、唇はもう別の誰かに捧げていることだろう。いや、唇どころか身体の関係だってきっとあってしかるべきなんだろうな。ちくしょうめ。

「な、な、なにを」
「何って、ちゅーしただけですけどお? 好きにすればって言ったじゃない」

 貞操? んなもん知るか。とはいえ正直私の行動と発言は、一国の王子さまに対してさすがに不敬だ。だが今の私は無敵なのだ。自ら初恋の相手の幸せを願い、彼との未来を手放した傷心の乙女。ずかずかと私の心に入り込んできたら、張り手でぶっ飛ばしてやるんだから!

 不愉快な発言と行動の責任をとってこのまま打ち首かと思っていたその時。
 私の身体の中で、みしみしと音がした。え、何、気が付かない間にもう既に刺されちゃってた? 黒豚が王子を襲ってたら、やっぱりみんなドン引きだもんね? 慌てて確認してみたけれど、特に剣に貫かれたりはしていない。まあ、護衛もちょっと離れたところにいるしね。さすがにこの距離で剣を投げてきたりはしないか。いや、それよりも大事なことに気が付いてしまった。私の身体、何か光ってるんですけれども?

「え、やだ、何。殿下に不敬な行動をとると光るシステムなの? やだやだ、ひとりエレクトリカルパレードみたいになりたくないよー」
「まったく。あなたはいつ見ても本当ににぎやかしいですね」
「ひいいい、殿下が笑ってるううううう。怖いいいい。先ほどまでのことは謝りますから、どうぞお助けを! お情けをくださいませ!」
「何を言っているのやら。ああ、お情けを賜りたいとのことであれば、喜んで。では僭越ながら」
「む、む、むぐぐううううう、ぎょええええ」
「ほら、もっと可愛い声を聞かせてください」

 べ、べろちゅーだ! めっちゃ舌入ってきた! 息が、息ができない! こいつめっちゃテクニシャンだ。知らんけど! その上、至近距離でいつもは周囲のご令嬢たちに向けられるきらきらビームがこっちに向かってきている。えーん、なにこれ、もうやだああああああ。

 自分から仕掛けたくせに、動揺しすぎたせいか、急に周囲がぐるんぐるんと回り始めてしまい、私はあっさりと意識を手放したのだった。
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