上 下
56 / 97

056 神様と過去からの訪問者

しおりを挟む
 冒険者ギルドから屋敷に帰ると、なにやら騒然としていた。言い争うような声も聞こえる。いつもとは違う雰囲気に、私たちは顔を見合わせてしまった。

「どうしたんでしょう?お客様でしょうか?」

「客って雰囲気じゃなくない?」

 どうしたものかと考えていると、リビングから怒声が響く。

「ああもう、じれったいね!あんたは大人しく金を出せばいいんだよ!」
「あたしらが大人しくしている内に早く出しな!」
「宝具でもいいわよ?あなただって痛い目みたくないでしょ?」
「はん!あんたらにどうにかされるほど耄碌してないよ!」

 これは客と言うより……。

「おばちゃん!」

 リリムが弾かれたようにリビングに走り出す。私たちも慌ててリリムの後を追った。

「おばちゃん!」

 リリムの後を追ってリビングに入ると、アリスと向き合う派手な服装の背中が3つ見えた。3人が振り返る。

「何だいあんたら!?」
「冒険者?」
「じゃあ、私たちの後輩ってこと?」

 3人はいずれも女だった。でっぷりと太った体を高級そうな衣服で包んでいるだが、センスが壊滅的だ。下品なケバケバしさを感じさせる女たちだった。

 私たちの登場に、女たちは警戒感をあらわにした。私たちはダンジョン帰りで武装しているからね。いきなり武装した人間が現れたら警戒するだろう。

 しかし、今は私たちのことを後輩と呼んだな。もしかして、この女たちは……。

「誰ですか、あなたたちは?」

 問いかけるエレオノールの言葉に険がある。エレオノールは女たちのことを知らないらしい。

「あんたたち、何階層だい?」

 女は、エレオノールの問いには答えず、逆に問い返してきた。冒険者に何階層か訊くのは、いったい何階層まで攻略したのか訊いているのと同じだ。タルベナーレの冒険者たちは、冒険者ギルドの等級よりも、ダンジョンを何階層攻略したかを重視するきらいがある。

「十一階層ですけど…」

「ふふふ……」

 エレオノールの答えに、女たちは警戒を解き、相好を崩した。暗くいやらしい、人を小バカにするような嗤いだ。

「なんだい。ようやく初心者を抜けたばかりのひよっこじゃないか」
「警戒して損したよ」
「引っ込んでなさい。先輩の言うことは素直に聞くものよ」

 女たちは、私たちに興味を失くしたようにアリスに向き直る。

「いいから、あんたはさっさと金を出しな!」
「痛い目みないと分かんないか!」
「この子たちを甚振ってもいいわね。どちらがお好みかしら?」

 女たちが、再びアリスを脅し始める。これは明らかに客の態度ではないな。強盗のそれと変わらん。

「どこまで歪んじまったんだい……」

 アリスが苦しげに、あるいは悲しげに呟く。

「あんたたちのその根性、叩き直してやるよ!」

 アリスが悲しげな顔を見せたのは一瞬だけだった。次の瞬間には、いつもの強気なアリスの姿があった。拳を握り、ファイティングポーズだ。

「やろうってのか、ババァ!」
「怪我で済むと思うなよ!」

 女たちが、いきりたって腰の剣を抜いた。場は一気に剣呑な空気を帯びる。

「加勢します!」

 女たちが剣を抜くのを見て、エレオノールとリリムも武器を構える。3人の女の内、1人がこちらを向いた。

「十一階層冒険者ごときが、あまり調子に乗らないことね。大人しくしていたら優しくいじめてあげたのに」

 私たちの相手を1人でする気らしい。強気な態度といい、よほど腕に自信があるようだ。

「来なさい。甚振ってあげる」

 女が残忍な笑みを浮かべて言う。

「オラァアアア!」
「死ねやババァ!」

 女たちの怒声と共に戦いの幕が切って落とされた。


 ◇


「くぅー…!」

 私は重労働を終えて、体をほぐすように伸びをする。体の筋が伸びて気持ちが良い。疲れが抜けていくような気がした。

 女3人組は、弱かった。あれだけ自信満々な態度だったのに、瞬く間にアリスとエレオノール、リリムに倒されてしまった。私の出番など無かった。ちょっと残念な気さえする。

 戦闘は瞬く間に終了したが、その後処理が大変だった。気絶した女3人を、そのままリビングに置いておくわけにもいかない。屋敷の外に捨ててきたのだが、でっぷりと太った女たちを運び出すのは、とても重労働だった。下界に降臨して、一番疲れる作業だったかもしれない。「世界で一番重い物体は、もう愛していない女の体である」なんて言葉もあるが、見ず知らずの愛せそうにない女の体も十分に重かったよ。

「ああ、帰ってきたね。面倒なことを頼んで悪かったね。さあ、飯を食っちまおう」

 アリスの言葉に私たちはテーブルに着くが……。

「………」
「……」
「…」

 いつもなら姦しいほど賑やかな食卓も、今日は沈黙を保っている。カチャカチャという食器の立てる音がいやに響いた。

 先程の女たちは何者なのか、アリスとどういう関係なのか、私たちを後輩と呼んだのはなぜか。皆、アリスに訊きたいことがたくさんあるのだが、話し出せずにいる雰囲気だ。

「あの…」

 沈黙を破ったのは、エレオノールだった。その目はアリスを窺うように見ている。

「先程の女性たち……彼女たちは何者ですか?」

 エレオノールの問いに、アリスが苦虫を噛み潰したような顔で答える。

「アイツらはね、只の冒険者崩れだよ。あんたたちの気にすることじゃない」

 冒険者崩れ。冒険者になり損ねた者たち。

 冒険者は過酷な職業だ。途中でリタイアする者も多い。問題は、そういった者たちが半端に武力を持ち、それ以外に能が無い点にある。他者が生きる為のスキルを磨いている間、冒険者として武力を磨いていたためだ。冒険者は、つぶしのきかない職業なのである。冒険者をリタイアした者は、その多くが野盗や無頼者になってしまう。そういった者たちは、冒険者崩れと呼ばれ、忌み嫌われている。

 アリスのきっぱりとした遮るような物言いに、エレオノールたちは二の句が継げなくなってしまい、再び沈黙が食卓を包む。エレオノールたちの代わりに私がアリスに訊いてやってもいいが……今は止めておこう。アリスが自分から話せるようになるまで待ってやるのが良いだろう。

 その日の食卓は、まるでお通夜のように沈んだものになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

物理系魔法少女は今日も魔物をステッキでぶん殴る〜会社をクビになった俺、初配信をうっかりライブにしてしまい、有名になったんだが?〜

ネリムZ
ファンタジー
 この世界にはいくつものダンジョンが存在する。それは国ごとの資源物資でもあり、災害を引き起こすモノでもあった。  魔物が外に出ないように倒し、素材を持ち帰る職業を探索者と呼ぶ。  探索者にはありきたりなスキル、レベルと言った概念が存在する。  神宮寺星夜は月月火水木金金の勤務をしていた。  働けているなら問題ない、そんな思考になっていたのだが、突然のクビを受けてしまう。  貯金はあるがいずれ尽きる、生きる気力も失われていた星夜は探索者で稼ぐ事に決めた。  受付で名前を登録する時、なぜか自分で入力するはずの名前の欄に既に名前が入力されていた?!  実はその受付穣が⋯⋯。  不思議で懐かしな縁に気づかない星夜はダンジョンへと入り、すぐに異変に気づいた。  声が女の子のようになっていて、手足が細く綺麗であった。  ステータスカードを見て、スキルを確認するとなんと──  魔法少女となれる星夜は配信を初め、慣れない手つきで録画を開始した。  魔物を倒す姿が滑稽で、視聴者にウケて初配信なのにバズってしまう!  だが、本人は録画だと思っているため、それに気づくのは少し先の話である。  これは魔法少女の力を中途半端に手に入れたおっさんがゆったりと殴り、恋したり、嘆いたり、やっぱりゆぅたりする話だ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界転移した先で女の子と入れ替わった!?

灰色のネズミ
ファンタジー
現代に生きる少年は勇者として異世界に召喚されたが、誰も予想できなかった奇跡によって異世界の女の子と入れ替わってしまった。勇者として賛美される元少女……戻りたい少年は元の自分に近づくために、頑張る話。

幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する

あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。 俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて まるでない、凡愚で普通の人種だった。 そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。 だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が 勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。 自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の 関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に 衝撃な展開が舞い込んできた。 そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...