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18 王の憂鬱③

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「すまないな、こんな遅い時間に」
「滅相もございません」
「構わぬよ」

 私の言葉にアンブロジーニ宰相とハーゲン翁が返答する。もう夜も遅い時間だというのに、2人とも快く私の召喚に応じてくれた。2人は、この国の国政を担う重鎮と、この国に並ぶ者は居ない賢者。いずれも、この国の行く末を相談するのに不足は無い人物だ。

 恥ずかしながら、我が国には多数の問題がある。あの手この手で巧妙に脱税する連中や、街道の整備と警備。貴族同士の対立や派閥争い。先の戦争で失った貴族と平民の男手。挙げればキリがないほどだ。だが、この2つの問題の前には、それらの問題が些事と化す。東の大国アブドゥヴァリエフ王国からの宣戦布告と、アンジェの召喚してしまったドラゴン……。

 まずは喫緊の問題から片付けていこう。

「2人は、あのルーというドラゴンをどう見た?」

 我ら3人は、アンジェの召喚したドラゴンを見てきた。まずは2人の感じた印象を知りたい。

 私の言葉に、まずは宰相が口を開く。

「とても美しいドラゴンでした。美しすぎて怖いほどに。あの白銀の見事な体躯を見れば、ドラゴンが生ける財宝だと云われるのも納得がいきます。その色味のせいでしょうか、ひどく冷ややかな印象を受けました。まるで人間の命など、なんとも思ってないような……。姫様が手ずから菓子を与えていたのですが……いつ手を喰い千切られるかとヒヤヒヤしましたよ」

 宰相の言には頷けるものがある。たしかに、とても美しいドラゴンだった。その白銀の体躯は優れた巨匠の最高傑作のごとき造形美を誇り、その青い瞳は、まるで世界に2つしかない希少な宝石を思わせた。まだ小さい体ながら、ドラゴンの中の王のような威容を誇っていたのを覚えている。そして、冷たい印象を受けたのも同じだ。ドラゴンの表情からはなんの感情も窺えず、その縦長の瞳孔をした青い瞳に見つめられると、まるで心の中まで見られているようなゾッとするものがあった。

「それは少々偏見が過ぎるのではないかな?」

 そう、ご自慢の豊かなヒゲをシゴきながら言うのは、ハーゲン翁だ。

「陛下、相手は我々の言葉を解する知能を持っています。人間と同等、あるいはそれ以上に理知的なドラゴンです。非常に温厚とも言えるでしょう。なにしろ、突然、誘拐まがいの目に遭っていながら暴れ出さないのですからな」
「暴れ出す可能性もあったのか…?」

 たしかに、ルーにしてみれば突然見知らぬ地に連れてこられたようなものだろうが……使い魔が主の命令なくして暴れ出すなど聞いたこともないぞ?

「陛下、通常の従魔契約では、使い魔が主の命令に従うように刷り込みが行われるというのが定説です」

 従魔契約魔術陣は、我が国の至宝だ。当然、王である私もその概要ぐらいは知っている。雛鳥が初めて見たものを親だと思うように、召喚された使い魔は、召喚者を自分の主と認めるように刷り込みが行われるという仮説が定説だ。

「ですが、ルーは従魔契約そのものを完全にレジストしています。刷り込みの魔術もレジストされたとみるべきでしょう」

 そんなまさか……。

「で、では、ルーが暴れ出さないのは……?」
「ルーの温厚さ故ですな」

 それでは、それこそドラゴンの逆鱗に触れれば暴れ出すということか。何が逆鱗かも分からない、いつ爆発するかも分からない危険物が娘の傍に……ッ!

「今すぐアンジェとルーを引き離せッ!」
「はっ!」
「お待ちください」

 宰相が動こうとするのを手で止めた者が居る。ハーゲン翁だ。

「なぜ止めるっ!?」
「陛下、アンジェリカ姫様とルーを引き離してはなりません。ルーは、アンジェリカ姫様を母親だと誤認している可能性があります」
「その話なら先程、離宮のメイド長から報告を受けた。アンジェが母親に名乗りを上げたこともな!」

 まったく! アンジェは何を考えてルーの母親になるなど宣言したのだ!

「でしたら尚更アンジェリカ姫様とルーを引き離すわけにはまいりません。相手はまだ赤ん坊ですぞ。母親が居ないというだけで暴れかねません」
「くっ!」

 たしかにそうかもしれない。赤子はそういうものだと聞く。だが……。

「何かあってからでは遅いのだ。アンジェの代わりに他の者を母親役に据えれば良いだろう?」
「陛下、相手は我らの言葉を解すのです。一度約束したことを反故にしたとなれば、それだけ人間に対する信用が落ちます。ルーの親のドラゴンから国を護るためには、ルーの信用を得ることがなにより大事ですぞ!」

 ルーの信用を得て、ルーを介して親ドラゴンにルーの誘拐を謝罪する。親ドラゴンもルーの言葉なら耳を貸すだろう。現状、それしか我々に打つ手は無い。

「国の為に娘を生贄に差し出せというのか……」

 なんだそれは。まるで古い童話かなにかじゃないか……。

「なにも暴れ出すと決まったわけではありませんぞ。先にも申しましたが、相手は非常に温厚なドラゴンです。我々人間が、ドラゴンにとって有益な存在であると印象付けられれば、ますます暴れ出すことはなくなるでしょう。そのためには、ルーには不満を覚えさせてはなりません。できる限り甘やかし、この国への好印象を植え付けるのです。そう、この国が亡くなるのは惜しいと思わせるのです!」
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