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113 開戦

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 カツンカツンッ!

 蹴飛ばした小石が、地面を跳ね、軽い音を立てる。ここは王都の裏路地、イザベルたちが暮らしていたボロアパートに向かう道だ。人口密度が高いと叫ばれている王都にあって、まるで嘘のように人っ子一人いない空間である。

 大通りの喧騒からも離れ、裏路地には静寂が満ちていた。

 その静寂を破るように、足音を響かせながら、オレたちは裏路地を更に奥へと進んでいく。

 隊列は、『白狼の森林』でも使った陣形だ。イザベルを中心に守るように十字に展開している。不意な敵襲を防ぐための陣形だが、今回も不意打ちが予想されるため採用した。

 冒険者なら隊列の意味に気が付くだろう。少なくとも、こちらが警戒しているというのは伝わるはずだ。

 この陣形に対して、『切り裂く闇』の連中がどんな攻め口をみせるのか。いろいろとシミュレーションしてきたが、果たして……。

 オレも左右や建物の屋上などにも目を配りながら歩いていると、先頭を歩くクロエがその足を止めた。なにかあったようだ。

「ふふふっ。やっとこの時がきたわね。待ちわびたわよ、アベルッ!」
「ブランディーヌ……」

 オレたちの前方に現れたのは、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた『切り裂く闇』の連中だ。気が逸っているのか、ブランディーヌはもう背中の大剣を抜いていた。明確にこちらと敵対する構えだ。

「誰かと思えば、落ち目の『切り裂く闇』じゃねぇか。こんなところでどうしたんだ?」
「わたくしたちは落ち目じゃないッ!」

 オレの軽口にも、全力で噛み付いてくるブランディーヌ。その目は血走り、喜悦の表情を浮かべていた。控えめに言ってもまともとは言えない表情だ。

「お前たち! 出な!」

 ブランディーヌの叫びと共に、ぞろぞろと薄暗い裏路地に人が集まってくる。まるで、オレたちの退路を塞ぐように、後方に十二人。その見てくれは、お世辞にも清潔とは言えない武装した男たち。俗に冒険者崩れと呼ばれるならず者だ。

 オレたちは、一本道の前後を『切り裂く闇』とならず者たちに塞がれた形だ。決して逃がさないというブランディーヌたちの考えが浮き彫りになる。

「女どもは殺しな! 男は生け捕りにしろ!」
「そいつぁねぇぜ、姐さん。めちゃくちゃ眩い女じゃねぇの。俺たちにくれよ」
「ふんっ! 勝手にしな! いいかい? 男は殺さずに生け捕りだ!」
「へへっ。やったぜ! 抵抗しなけりゃ気持ちよくしてやるぜー?」
「ゲスね……」

 下卑た嗤いを上げる男たちに、イザベルが吐き捨てる。

「げへへっ。抵抗してもいいぜ? 泣き喚く女を犯すのもまた一興ってやつだ。あぁー滾る滾る!」

 コイツら、今、クロエたちを犯すと言ったか? 瞬間的にその頭を弾きそうになったが、なんとか耐える。危ねぇ。殺しちまうところだった。なるべく生け捕りにしたいからな。それに、段取りというものがある。それを壊すのはよくない。

「ふぅー……」

 オレは怒りを吐き出すように熱い息を吐き、ブランディーヌたちを睨みつけて口を開いた。

「冒険者同士の私闘は禁じられているはずだが? それに、冒険者崩れどもと手を組むたぁ、それでもお前は冒険者か?」
「そんなものっ」

 ブランディーヌたちは、オレの言葉を聞いて、おかしくて堪らないとばかりに嗤ってみせた。

「誰が冒険者ギルドに通報するのよ? いいことアベル? あなたにいいこと教えてあげるわ。犯罪はね、露見しなければね、犯罪じゃないのよ!」

 そんなことを堂々と口に出すなんて……。

「どこまで腐ってやがる……」

 オレが吐き捨てると、ブランディーヌたちは、それさえも愉しいとばかりに笑みを深めた。

 しかし、そんなブランディーヌたちを見て、オレは確信する。この作戦の成功を。そして、策が成りつつあることを。ブランディーヌたちの行動は、オレの予想の範囲を超えていない。

 ブランディーヌたちはオレの新たな能力を知らないし、クロエたちの戦力をナメ腐っている。せいぜい手を抜け。その間に、オレたちは目標を達成する。

「もうお話は十分かしら? さっさと済ませてしまいましょう。お前たち、やっておしまいなさい!」

 なにも知らないブランディーヌが、勝利を確信した笑みを浮かべて号令を出す。もう言葉などなんの意味を持たない。戦闘の幕が切って落とされる。

「敵、『切り裂く闇』。これより戦闘を開始する。期待してるぜ!」

 オレの言葉を待っていたとばかりに、クロエたちが武器を構える。そうだ。オレたちは襲撃を予期して、これまで訓練を重ねてきた。敵は強大だが、クロエたちの磨き上げた牙ならば……届くッ!

「いきますわ!」

 先陣を切るのは、白銀の鎧を身に纏ったエレオノールだ。シャラリと腰の剣を抜き、ブランディーヌたちへと疾走していく。

 格上と分かっている相手の集団に切り込む。もちろん危険な行為だ。その危険性はエレオノール自身も分かっているだろう。しかし彼女の足取りに迷いはない。味方を信じているのだ。

「ナメんな、小娘どもッ!」

 大方、クロエたちは震えてなにもできないと高をくくっていたのだろう。エレオノールが突撃してくるなど、夢にも思わなかったはずだ。ブランディーヌたちが慌てた様子で武器を構える。

 どんなに弱い敵でも油断するなと口を酸っぱくして言ってきたつもりだったんだがな。ブランディーヌ、お前は戦闘でもっともやってはいけないことをしてしまったぞ?
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