上 下
36 / 124

036 継戦

しおりを挟む
「ゴブリン4っ!」

 可憐な少女を思わせるかわいらしい声が、耳に届く。

 暗くじめじめとした洞窟の中。松明の頼りなく揺れる明かりが照らす前方の曲がり角。そこから跳ぶように躍り出たのは、黒のピッチリと張り付くような装備を身に纏うクロエの姿だ。

 クロエは、盗賊とも呼ばれることがあるパーティの斥候役であるシーフだ。敵地に単独偵察に行くこともあるので、その身は音の鳴る金属の重装備を纏えない。そこで考えられたのが、攻撃を耐えるのではなく躱すという発想だ。そのため、シーフの装備は過剰なくらい身動きしやすいように考えられている。中には下着と変わらないような物まである始末だ。

 当然、オレはかわいい姪であるクロエが、痴女扱いされるのを防ぐべく、なるべく布面積の広い物を選んだつもりだ。しかし……オレは判断を誤ったかもしれない。

「ウォリ3、アチャ1!」

 接近戦をするゴブリンの戦士ゴブリンウォーリア3体と、弓を持ってるゴブリンアーチャーが1体か。そこそこいい練習になるだろう。

 クロエが敵のゴブリンの構成を伝えながら、こちらに向かって駆けてくる。松明のオレンジの光に照らされたその姿は、クッキリと若さ溢れるボディラインを浮かび上がらせていた。

 クロエの装備は、たしかに露出している肌面積は少ない。顔と肩、太ももの一部が露出しているくらいだ。だが、クロエの体にピッチリと張り付いた装備は、まるで服を着ているのではなく、クロエの裸体に服の絵を描いたようにも見える有様だ。

 オレは布面積にばかり気を取られ、大事なことを見落としていたようだな……。

 後でなんとかしよう。オレはそう心に固く誓い、【収納】を発動する。現れるのは、そこだけ切り取られたかのような黒い空間だ。オレはその黒い底なしの空間に手を突っ込んで、中からある物を取り出して構える。

 それは大きく、まるで殺意以外の感情が抜け落ちたかのように無機質な冷徹さを受けるクロスボウだった。弦を張り詰め、ボルトが放たれ敵を穿つ瞬間を、今か今かと待ち構えている。

 この巨大なヘヴィークロスボウがオレの相棒だ。

 重くて狙いが付けづらいわ、弦が硬すぎて、それなりに鍛えているハズのオレでも自力で引けず、備え付けの巻き上げ機を使わなくてはいけないわ、とにかく扱いづらい。威力に特化し過ぎて、その他すべてを犠牲にしたような、汎用性などまるでないクロスボウだ。

 しかし、その威力は絶大である。大した戦闘能力を持たないオレが、高レベルダンジョンのモンスターに傷を負わせることができる唯一の手段だ。

「アーチャーはオレが仕留める。お前たちはゴブリンウォーリアを」

 オレはパーティメンバーへと指示を出して、ヘヴィークロスボウの狙いを曲がり角へ定めた。ゴブリンアーチャーは、弓を撃つ時間さえ与えずに倒さないといけないからな。陣形を無視して後衛を攻撃できる遠距離攻撃は、相手にするととても厄介だ。

「GyaGyaGyaGyaGyaGyaGyaGyaGya!」
「GuaGuaGua!」

 奇怪な雄叫びが、洞窟の中で反響し、微かにオレの耳に届く。その奇声は次第に大きくなり、こちらに接近していることが分かった。来たか。

 曲がり角から飛び出してきた音の正体は、緑色の肌をした小柄な人影だった。オレの腰ぐらいまでしかない小さな体躯、その小さな体には不釣り合いなほど大きく尖った耳、金色の瞳にヤギのような横長の瞳孔。ゴブリンだ。

 先頭を駆けてきたゴブリンは、粗末な腰巻を身に付け、その手に棍棒を持っている。ウォーリアと呼ぶには貧相だが、これがレベル2ダンジョンのゴブリンウォーリアだ。

 以前戦った野生のゴブリンよりも、よほど貧相に見える。強さも野生のゴブリン以下だろう。

 ゴブリンウォーリアがオレの射線上を通過していく。オレの狙いはゴブリンアーチャー。コイツには撃たない。

「Gugege!」

 次に現れたのも棍棒を手にしたゴブリンウォーリアだ。

 そして、次に現れたのは……ッ!

 ブォンッ!!!

 オレは、それを知覚すると同時にトリガーを引いていた。ヘヴィークロスボウの太い弦が空気を切り裂く重苦しい音が洞窟に反響して響き渡る。

 オレの放ったボルトは狙い違わず飛翔し、ゴブリンアーチャーの頭を撃ち砕いた。ゴブリンアーチャーが断末魔もなく白い煙へと成れ果てる。

 ボスッ!

 ゴブリンの頭を貫通したボルトは、尚もその威力を保っていた。洞窟の壁に激突し、重低音を響かせる。

 ゴブリンアーチャーを仕留めた今、相手はゴブリンウォーリア3体だ。おそらく勝てるだろう。オレはヘヴィークロスボウの弦を巻き上げながら観戦することにした。

 ゴブリンウォーリアたちは、こちらを見ると、怯むどころか嬉々として襲いかかってくる。普通の生物なら仲間が一撃で倒されたことに動揺や恐怖を浮かべそうなものだが、これはなにも、このゴブリンウォーリアたちが特別バカだからではない。ダンジョンのモンスターは、侵入者を見つけると、人数差や戦力の大小に拘らず襲いかかってくるのだ。

 まるで、命ある限り敵を殲滅しようとする死兵だ。一見バカみたいだが、やられてみると意外とキツいことが分かる。なにせ、見つかれば絶対戦闘になるからな。1回の戦闘では気になるほどではないが、何度も続けばこちらが疲弊する。例え、相手がザコだとしてもだ。

 もう『ゴブリンの巣穴』の8割方攻略できた。総戦闘回数は17回。そろそろパーティメンバーに疲労がたまってくる頃だろう。剣を持ち上げる腕も重いはずだ。

 だが、慣れていかねばならない。ダンジョンという、どこにも安全地帯が存在しない魔境にいるのだ。休憩を欲しても休憩できないことなんてザラにある。パーティに大事なもの。それは、素早く敵を片付ける殲滅力も大事だが、一番大切なのは継戦能力なのだ。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

転生賢者の異世界無双〜勇者じゃないと追放されましたが、世界最強の賢者でした〜

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人は異世界へと召喚される。勇者としてこの国を救ってほしいと頼まれるが、直人の職業は賢者であったため、一方的に追放されてしまう。 だが、王は知らなかった。賢者は勇者をも超える世界最強の職業であることを、自分の力に気づいた直人はその力を使って自由気ままに生きるのであった。 一方、王は直人が最強だと知って、戻ってくるように土下座して懇願するが、全ては手遅れであった。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

モブ高校生と愉快なカード達〜主人公は無自覚脱モブ&チート持ちだった!カードから美少女を召喚します!強いカード程1癖2癖もあり一筋縄ではない〜

KeyBow
ファンタジー
 1999年世界各地に隕石が落ち、その数年後に隕石が落ちた場所がラビリンス(迷宮)となり魔物が町に湧き出した。  各国の軍隊、日本も自衛隊によりラビリンスより外に出た魔物を駆逐した。  ラビリンスの中で魔物を倒すと稀にその個体の姿が写ったカードが落ちた。  その後、そのカードに血を掛けるとその魔物が召喚され使役できる事が判明した。  彼らは通称カーヴァント。  カーヴァントを使役する者は探索者と呼ばれた。  カーヴァントには1から10までのランクがあり、1は最弱、6で強者、7や8は最大戦力で鬼神とも呼ばれる強さだ。  しかし9と10は報告された事がない伝説級だ。  また、カードのランクはそのカードにいるカーヴァントを召喚するのに必要なコストに比例する。  探索者は各自そのラビリンスが持っているカーヴァントの召喚コスト内分しか召喚出来ない。  つまり沢山のカーヴァントを召喚したくてもコスト制限があり、強力なカーヴァントはコストが高い為に少数精鋭となる。  数を選ぶか質を選ぶかになるのだ。  月日が流れ、最初にラビリンスに入った者達の子供達が高校生〜大学生に。  彼らは二世と呼ばれ、例外なく特別な力を持っていた。  そんな中、ラビリンスに入った自衛隊員の息子である斗枡も高校生になり探索者となる。  勿論二世だ。  斗枡が持っている最大の能力はカード合成。  それは例えばゴブリンを10体合成すると10体分の力になるもカードのランクとコストは共に変わらない。  彼はその程度の認識だった。  実際は合成結果は最大でランク10の強さになるのだ。  単純な話ではないが、経験を積むとそのカーヴァントはより強力になるが、特筆すべきは合成元の生き残るカーヴァントのコストがそのままになる事だ。  つまりランク1(コスト1)の最弱扱いにも関わらず、実は伝説級であるランク10の強力な実力を持つカーヴァントを作れるチートだった。  また、探索者ギルドよりアドバイザーとして姉のような女性があてがわれる。  斗枡は平凡な容姿の為に己をモブだと思うも、周りはそうは見ず、クラスの底辺だと思っていたらトップとして周りを巻き込む事になる?  女子が自然と彼の取り巻きに!  彼はモブとしてモブではない高校生として生活を始める所から物語はスタートする。

処理中です...