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第二章

068 涙

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 『万魔の巨城』は、その名のとおり奇怪な姿の悪魔たちに守られた巨大なお城だ。レベル7ダンジョンともなると天候をも操れるのか、お城の上には黒々とした雲が漂い、まるでそこだけ夜のように暗い。時折、雷が轟き、お城のシルエットが浮かび上がる。切り立った断崖の上に建つ真っ黒なお城には、いくつも鋭い尖塔が見え、どこか拷問という言葉を想起させるようなトゲトゲしく痛々しい印象を抱かせる。

 お城に近づくにつれて、ひやりとした冷気を感じて身が震えて縮こまる思いがした。いや、体の震えの原因は寒さだけじゃない。恐怖だ。僕の生き物としての勘が、この先は危険だと一生懸命警鐘を鳴らしているのだ。

 皆もこの押し潰されるような恐怖を感じているのか、いつも笑顔で元気にはしゃいでいるマルギットも神妙な面持ちで『万魔の巨城』を見つめている。誰かがゴクリと固唾を飲む音が聞こえた気がした。もしかしたら僕だったのかもしれない。

「……行きましょ!」

 ルイーゼの号令で、『万魔の巨城』のあまりの威容に自然と足が止まっていたことを思い出す。そうだ。僕たちは今からあそこに行くんだ。僕は意を決して足を踏み出した。

 草木が1本も生えていない荒野の斜面を登っていく。目の前に広がるのは、見上げると首が痛くなりそうなほど大きな本城と、それを取り囲む巨大な城壁だ。僕たちは、大きく口を広げた城門へと向かっていく。まるで自ら悪魔の口の中へと跳び込むような、自ら希望を絶つような心地がした。2回目である僕でも絶望を感じるのだ。初めて訪れた『融けない六華』のメンバーの心情は察するには余りある。足を1歩踏みしめるごとに何かが削れていくような気さえした。

「ここが入口ですね……」

 城門のもとに辿り着く頃には、まるで絞首台の上に来てしまった囚人のような気分だった。黒く大きな城門は僕たちを誘うように開け放たれている。その大きさは王都の城門に勝るとも劣らないほど大きく立派だ。その表面には、まるで超巨大な岩をくりぬいたかのように継ぎ目は無く、濡れているかのような光沢があった。城壁の上には、ずらりとまるでツララのように鋭いトゲ付きのネズミ返しを備えており、ひどく暴力的な雰囲気だ。こんなことを言ったら怒られそうだけど、王都の城門より立派だと思う。

「ここが『万魔の巨城』の入口だよ。どう? 今から帰る?」

 ただごとではない雰囲気の漂う城門の前で、僕は敢えて明るく皆に問いかけた。場を少しでも明るくしたかったし、本当にここで帰ってもいいと思っていた。

「皆は僕の事情を優先してこのダンジョンに挑むことを決意してくれたけど、僕にはその気持ちだけで十分に嬉しいよ。だから無理しないでいいんだ」

 たしかに僕には早急に高レベル冒険者になる必要があるけど、皆には急ぐ理由なんて無い。まだ皆この秋冒険者になったばかりの15歳だ。時間なんていくらでもある。だから、無理なんてしなくていいんだ。無理をして、また誰かが傷付くようなことがあれば……僕は……。

「辛気臭い顔しないの!」

 知らず知らずのうちにうつむいていた僕の耳にルイーゼの明るい声が響く。顔を上げると、ルイーゼをはじめ皆が温かい笑顔を浮かべて僕を見ていた。

「あなたは気にしすぎなのよ。少しはあたしたちを頼りなさいっての! あたしたちは仲間なんだから!」
「仲間……」
「そうよ。私たちの大切な仲間。仲間のピンチですもの一肌でも二肌でも脱ぐわよ」

 そう言って、イザベルは指でドレスの胸元を少しくつろげてウィンクしてみせる。

「そうですね。クルトは私たちの大切な仲間です。これで頼っていただけないのは水臭いというもの」

 ラインハルトがやれやれと言わんばかりに頭を振ってみせた。

「そーそー。あーしらにお任せってねー」

 先程まで静かだったマルギットが、ようやくいつもの調子を取り戻したかのように大げさに胸を張ってみせる。

「うん……!」

 リリーもやる気を見せるように、その小さな両手を握って拳を作ってみせた。

「皆……」

 僕は果報者だな……。こんなに良くしてくれる仲間に出会えるなんて……。思わず歪んだ視界の向こうに、皆が笑顔を浮かべているのが見える。僕は溢れそうになった涙を袖で拭った。

 最初は新成人だからと実力を侮っていた自分が恥ずかしい。正直、羨ましいくらいの仲良しぶりに孤独な思いをしたこともあった。こんな浅ましい僕が仲間と打ち解けられるのか不安もあった。でも、こんな僕でも仲間として迎えてくれた皆に、僕は何を返すことができるだろうか……。

「えーなになに泣いてんのー? リリたんこんな泣き虫よりあーしにしなよー。絶対! 後悔はさせないからさー!」
「やぁー……」

 マルギットが明るい声で僕をからかうと、リリーを後ろからハグした。リリーがむずがるように体をひねらせている。微笑ましい光景に思わず目尻が緩んで、目から一筋の涙が零れた。
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