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第二章
信②
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「でも、じゃないわよ! あなたが信じてるあたしが信じてるのよ? 少しは自分を信じなさいよ!」
ついにはイスから立ち上がったルイーゼの叫びに呼応するように、今度はラインハルトが立ち上がる。
「そうです! 自信を持ってください、クルト。私も貴方を信じています」
「そーそー。自信が大事ーって、それ百万回言われてるから!」
「私も信じてるわよ。ね? 未来の旦那様?」
「むー。私、も…!」
「それに、いつクルトのギフトの情報が洩れるか分かりません。できるだけ早い段階で昇級を狙うべきです」
『融けない六華』皆の視線が僕へと集まる。皆の視線から温かいものを感じた。こんな情けない臆病な僕を、皆が信頼してくれている。こんな僕のために、敢えて危険な道を選ぼうとしている。
「皆……」
不安は大いにある。僕に皆の信頼に応えることができるだろうか? 緊張と不安に押し潰されてしまいそうだ。僕は今まで、助言をすることはあっても決定を下したことはない。ずっと流されるままに生きてきた。そんな僕がパーティメンバーの命を背負って決定を下す立場になる……僕に耐えられるだろうか……?
今更ながら、ルイーゼやラインハルトがパーティメンバーに下してきた“決定すること”の重さを知る。逃げ出してしまいたくなるような重圧だ。だって僕がミスをしたら、文字通りの全滅もありえるんだよ?
勇者という極大の戦力が3人も居るのに怯え過ぎなのは分かってる。でも、この前のレベル3ダンジョンでは、勇者が3人も居て死者が出たんだ。今回挑戦するのはレベル7ダンジョン。油断なんてできるわけがない。出現するモンスターは、この前のレッドパーティなんてお話にならないくらい強いのだ。
いくら考えても不安は消えない。むしろ、不安ばかりが増える。でも……。
「やるよ」
僕はルイーゼの青い瞳を見据えて言う。不安がなくなったわけじゃない。でも、僕は皆の期待に応えたい! こんないろいろ足りない僕だけど、託してくれた皆の想いに応えたい!
「やらせてください」
自然と頭が下がった。皆の気持ちに応えたいのに、今の僕にはこれくらいしかできることがない。そのことがとても悔しく思えた。この悔しさを胸に、絶対にパーティをダンジョン攻略成功に導いてやる!
◇
「あの…すみません」
「………」
僕は勇気を出して厳つい顔をした中年の男に声をかけるけど……無視されているのか、反応が無い。僕は先程よりも大きな声を出すために大きく息を吸った。
「あの!」
「あーもう、うるせえな! てめぇと話すことなんざねぇよ! とっとと失せろ!」
「そこをなんとか……」
邪険に扱われるのは分かっていたけど、実際に怒鳴られると怖いし辛い。思わずビクリと震えてしまう体を叱咤して、僕は言うべきことを言う。
「僕たち『融けない六華』は、6日後『万魔の巨城』の攻略に出発します。なにか『万魔の巨城』について情報があったら教えてください!」
僕は殴られて追い払われるのも覚悟して目を瞑って頭を下げる。僕の頭なんて安いものだ。殴られたって構わない。それだけで情報が貰えるなんて思わないけど、もし貰えたらラッキーだし、最低限の用事は果たせる。
「あぁ!? てめぇらこの間やっとレベル4ダンジョンを攻略したところだろうが! 『万魔の巨城』はレベル7だぞ、くそがっ! 最近の若い奴らはダンジョンを舐めてやがる!」
僕の目の前で荒ぶる厳つい男は、レベル6パーティ『穿つ明星』のメンバーだ。『穿つ明星』は、もう長いことレベル6で足踏みしている。そろそろレベル7ダンジョンに挑戦するのではないかと、もっぱらの噂だ。きっと『万魔の巨城』の情報も集めているだろう。
高レベルパーティ『穿つ明星』が長年かけて集めた情報だ。その情報は、たしかに喉から手が出るほど欲しいけど、情報の対価になにを要求されるか……恐ろしく高くつきそうだ。『穿つ明星』の持つ情報はたしかに気になるけど、今回の本命はこっちじゃない。6日後、僕たち『融けない六華』が『万魔の巨城』を攻略に向かうという情報を相手に伝えることだ。
僕が最も心配している要素が“人”である。レベル7のダンジョンは魔境だ。この間のレベル3ダンジョンのようにダンジョン内に潜み、別のパーティを襲う冒険者は、さすがに居ないと思うけど、攻略中に別のパーティに出会う可能性は十分にありえる。僕が今しているのは、事前に僕たちが『万魔の巨城』へ向かうことを周知して、他のパーティとバッティングすることを避けるためである。
僕は一度『万魔の巨城』の攻略に付いていったことがあるし、地図も持ってる。『万魔の巨城』攻略に必要な情報は最低限揃っていると判断しても良いだろう。相手がダンジョンのモンスターでもトラップでも、たとえボスであろうと問題は無いと言っていい。僕が警戒しているのは、ダンジョン以外の要素。“人”だ。
僕はこの“人”という不安要素を排除したくて、6日後『融けない六華』が『万魔の巨城』を攻略すると冒険者たちに周知しているわけだ。ようするに、オレたちが行くからお前らは来るなよと喧伝しているのだ。だいぶはた迷惑な話だけど、これが高レベル冒険者の常識らしい。
冒険者たちは、とりわけレベル6以上の高レベルの冒険者たちは、ダンジョンを独占したがる傾向がある。己の力だけでダンジョンを攻略したと証明したいのだ。だから、他のパーティが来ないように、己の向かうダンジョンを事前に表明する。自分たちならこのダンジョンを攻略できると、自分たちの実力を知らしめたいのだ。
今回は、この冒険者の習性を利用する。僕たちが『万魔の巨城』を独占する。
「いいか若造よく聞けよ! ダンジョンの認定レベルも! 冒険者の認定レベルも! 伊達じゃねぇんだ! てめぇらの認定レベルはまだ3とかだろ? それがレベル7のダンジョンに挑むなんて正気の沙汰じゃなぇぞ!」
「はい……」
「10年だ! オレたちがレベル6に認定されてから10年! オレたちはレベル7の壁を越えられねぇ……。それだけ高いんだ! レベル7の壁はよぉ! てめぇら甘く見てるんじゃねぇか?」
怒鳴られて殴られるかと思えば、よく聞けば僕たちを心配してくれているようだ。『穿つ明星』の『兄貴』の二つ名を持つ冒険者。見た目すごく怖いけど、意外と良い人なのかもしれない。
「んだ!? その目はよぉ! これだけ言っても止めるつもりは無いってか!?」
「はい!」
「くそっ! 生き急ぎ過ぎだ…バカ野郎が…!」
『兄貴』は一瞬目を伏せ、吐き捨てるように言うと行ってしまった。僕たちを心配してくれる『兄貴』には悪いけど、僕たちの覚悟はもう決まっているのだ。
僕は去り行く『兄貴』の背中に、もう一度頭を下げるのだった。
ついにはイスから立ち上がったルイーゼの叫びに呼応するように、今度はラインハルトが立ち上がる。
「そうです! 自信を持ってください、クルト。私も貴方を信じています」
「そーそー。自信が大事ーって、それ百万回言われてるから!」
「私も信じてるわよ。ね? 未来の旦那様?」
「むー。私、も…!」
「それに、いつクルトのギフトの情報が洩れるか分かりません。できるだけ早い段階で昇級を狙うべきです」
『融けない六華』皆の視線が僕へと集まる。皆の視線から温かいものを感じた。こんな情けない臆病な僕を、皆が信頼してくれている。こんな僕のために、敢えて危険な道を選ぼうとしている。
「皆……」
不安は大いにある。僕に皆の信頼に応えることができるだろうか? 緊張と不安に押し潰されてしまいそうだ。僕は今まで、助言をすることはあっても決定を下したことはない。ずっと流されるままに生きてきた。そんな僕がパーティメンバーの命を背負って決定を下す立場になる……僕に耐えられるだろうか……?
今更ながら、ルイーゼやラインハルトがパーティメンバーに下してきた“決定すること”の重さを知る。逃げ出してしまいたくなるような重圧だ。だって僕がミスをしたら、文字通りの全滅もありえるんだよ?
勇者という極大の戦力が3人も居るのに怯え過ぎなのは分かってる。でも、この前のレベル3ダンジョンでは、勇者が3人も居て死者が出たんだ。今回挑戦するのはレベル7ダンジョン。油断なんてできるわけがない。出現するモンスターは、この前のレッドパーティなんてお話にならないくらい強いのだ。
いくら考えても不安は消えない。むしろ、不安ばかりが増える。でも……。
「やるよ」
僕はルイーゼの青い瞳を見据えて言う。不安がなくなったわけじゃない。でも、僕は皆の期待に応えたい! こんないろいろ足りない僕だけど、託してくれた皆の想いに応えたい!
「やらせてください」
自然と頭が下がった。皆の気持ちに応えたいのに、今の僕にはこれくらいしかできることがない。そのことがとても悔しく思えた。この悔しさを胸に、絶対にパーティをダンジョン攻略成功に導いてやる!
◇
「あの…すみません」
「………」
僕は勇気を出して厳つい顔をした中年の男に声をかけるけど……無視されているのか、反応が無い。僕は先程よりも大きな声を出すために大きく息を吸った。
「あの!」
「あーもう、うるせえな! てめぇと話すことなんざねぇよ! とっとと失せろ!」
「そこをなんとか……」
邪険に扱われるのは分かっていたけど、実際に怒鳴られると怖いし辛い。思わずビクリと震えてしまう体を叱咤して、僕は言うべきことを言う。
「僕たち『融けない六華』は、6日後『万魔の巨城』の攻略に出発します。なにか『万魔の巨城』について情報があったら教えてください!」
僕は殴られて追い払われるのも覚悟して目を瞑って頭を下げる。僕の頭なんて安いものだ。殴られたって構わない。それだけで情報が貰えるなんて思わないけど、もし貰えたらラッキーだし、最低限の用事は果たせる。
「あぁ!? てめぇらこの間やっとレベル4ダンジョンを攻略したところだろうが! 『万魔の巨城』はレベル7だぞ、くそがっ! 最近の若い奴らはダンジョンを舐めてやがる!」
僕の目の前で荒ぶる厳つい男は、レベル6パーティ『穿つ明星』のメンバーだ。『穿つ明星』は、もう長いことレベル6で足踏みしている。そろそろレベル7ダンジョンに挑戦するのではないかと、もっぱらの噂だ。きっと『万魔の巨城』の情報も集めているだろう。
高レベルパーティ『穿つ明星』が長年かけて集めた情報だ。その情報は、たしかに喉から手が出るほど欲しいけど、情報の対価になにを要求されるか……恐ろしく高くつきそうだ。『穿つ明星』の持つ情報はたしかに気になるけど、今回の本命はこっちじゃない。6日後、僕たち『融けない六華』が『万魔の巨城』を攻略に向かうという情報を相手に伝えることだ。
僕が最も心配している要素が“人”である。レベル7のダンジョンは魔境だ。この間のレベル3ダンジョンのようにダンジョン内に潜み、別のパーティを襲う冒険者は、さすがに居ないと思うけど、攻略中に別のパーティに出会う可能性は十分にありえる。僕が今しているのは、事前に僕たちが『万魔の巨城』へ向かうことを周知して、他のパーティとバッティングすることを避けるためである。
僕は一度『万魔の巨城』の攻略に付いていったことがあるし、地図も持ってる。『万魔の巨城』攻略に必要な情報は最低限揃っていると判断しても良いだろう。相手がダンジョンのモンスターでもトラップでも、たとえボスであろうと問題は無いと言っていい。僕が警戒しているのは、ダンジョン以外の要素。“人”だ。
僕はこの“人”という不安要素を排除したくて、6日後『融けない六華』が『万魔の巨城』を攻略すると冒険者たちに周知しているわけだ。ようするに、オレたちが行くからお前らは来るなよと喧伝しているのだ。だいぶはた迷惑な話だけど、これが高レベル冒険者の常識らしい。
冒険者たちは、とりわけレベル6以上の高レベルの冒険者たちは、ダンジョンを独占したがる傾向がある。己の力だけでダンジョンを攻略したと証明したいのだ。だから、他のパーティが来ないように、己の向かうダンジョンを事前に表明する。自分たちならこのダンジョンを攻略できると、自分たちの実力を知らしめたいのだ。
今回は、この冒険者の習性を利用する。僕たちが『万魔の巨城』を独占する。
「いいか若造よく聞けよ! ダンジョンの認定レベルも! 冒険者の認定レベルも! 伊達じゃねぇんだ! てめぇらの認定レベルはまだ3とかだろ? それがレベル7のダンジョンに挑むなんて正気の沙汰じゃなぇぞ!」
「はい……」
「10年だ! オレたちがレベル6に認定されてから10年! オレたちはレベル7の壁を越えられねぇ……。それだけ高いんだ! レベル7の壁はよぉ! てめぇら甘く見てるんじゃねぇか?」
怒鳴られて殴られるかと思えば、よく聞けば僕たちを心配してくれているようだ。『穿つ明星』の『兄貴』の二つ名を持つ冒険者。見た目すごく怖いけど、意外と良い人なのかもしれない。
「んだ!? その目はよぉ! これだけ言っても止めるつもりは無いってか!?」
「はい!」
「くそっ! 生き急ぎ過ぎだ…バカ野郎が…!」
『兄貴』は一瞬目を伏せ、吐き捨てるように言うと行ってしまった。僕たちを心配してくれる『兄貴』には悪いけど、僕たちの覚悟はもう決まっているのだ。
僕は去り行く『兄貴』の背中に、もう一度頭を下げるのだった。
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