愛して欲しいと言えたなら

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あなたの声が好き

あなたの声が好き・・・その14

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夏樹は何本目かの煙草に火をつけると、左の指に挟んだ煙草を右の指で取り上げるように親指と人差し指で摘まむように持ち替えると、少し困ったような笑みを浮かべる。

「こんな風に煙草を摘まんでると、京子がいつも言うの。禁煙する気になった?って・・・」

「ふふっ、京子らしいですね。そういうのって」

どこか懐かしそうに、指に挟んだ煙草を見つめている夏樹。

「この先、あたしと京子は二度と交わることがないの。そして、二度と会う事もないの」

「その事を京子は・・・?」

「京子も分かってるはずよ。だからあんたに話すのよ。知らない人なら、そんなに想ってるなり心配しているんなら、また恋人になるなり、傍にいてあげるなりしたらいいんじゃないの?とか、もう会わないなんてカッコつけてないで、まったく知らない仲でもないんだから、時々会いに行くなりしたらいいんじゃない?とかっていうんだろうけど、それが出来ない理由、今のあんたには分かるわね?」

「はい・・・。京子はどんな夏樹さんの言葉でも、きっと信じない?」

「そう・・・。それで、それはなぜか?分かる?」

「何となくですけど・・・」

「だから、あんたに話すの・・・。雪子の想いを」

「雪子さんの・・・想い?」

「京子はね、たとへあたしが京子を心配して京子に語り掛けたとしても、あたしのどんな言葉も、今の京子には、そして、この先の京子は、そんなあたしの言葉を決して信じようとはしないの」

夏樹と出会う前の直美だったなら、夏樹が話す言葉を理解することは出来なかったはずである。
でも、夏樹と出会い、何度か話をしているうちに、夏樹の持つ独特の感性と視点の探り方を知るようになった今の直美には、はっきりとではなくても、それとなく理解が出来るようになっていた。

夏樹さんが言いたいのは、きっと、京子の心の中にある京子自身も知らない心の怯えと苛立ち。
そして、京子を見えない明日へと引きずり込もうとする、悲しみと寂しさの中に存在しているもう一人の京子。

雪子さんの想い・・・。
それは、雪子さんが夏樹さんを思う想い・・・。
そして、それは、京子の心の中に居る、もう一人の京子の存在理由であり、生まれの確信事由。
きっと、それが、夏樹さんが言っていた、京子が感じている、消えていく未来の正体なんだと思う。

「雪子の心の中にあるただひとつの想い・・・」

「ただ一つの想い・・・?」

「そして、雪子の心の中にあるただひとつのその想いは、京子にとっては絶対に我慢ならないはず」

「京子が・・・我慢ならない?」

「もし、あんたが京子と同じような立場なら、あんたも京子と同じように絶対に我慢ならないはずよ」

「私も・・・ですか?」

それは直美にも同じように言えるという夏樹に言葉に、少し驚く直美である。

「赤い糸の伝説って知ってる?」

「あっ、はい」

「その運命の人に出会ったとして、どこを好きになる?」

「どこって、きっと全部じゃないでしょうか?」

「赤い糸の伝説・・・糸は何本?」

「えっと・・・たぶん・・・1本?」

「そうね。という事は?」

「う~ん・・・」

「ふふっ・・・。好きになる、好きという感情、想いはいくつもあると思うけど、心を惹き寄せられる想いはひとつだけ・・・」

「ひとつだけ・・・?それって、ここが好きっていう意味なんですか?」

「そうよ。よく、ここが好き、あそこも好き、こん仕草もあんな仕草もって」

「あっ、はい」

「雪子とあたしの関係を、赤い糸の伝説のように思ってる人っていると思うけど、そんな雪子が好きなあたしってね、一人だけなのよ。」

「ひとりだけ?」

「一人の人には色んな性格があるでしょ?コーヒーを飲んでいる仕草やコーヒーの趣味、紅茶でもいいけど。歩き方、話し方、食べ方、趣味に好き嫌いに好みにその時々の仕草。それから目には見えないけど、優しい心や思いやりの心、そして誠実さや無邪気な無垢と好奇心、数え上げればまだまだ沢山あるけど・・・」

「あっ、はい」

「そんなあたしの全ての感情や仕草に癖や趣味の中で、雪子が好きなあたしは一人だけなの」

「それって、いったい、どんな夏樹さんなんですか?」

「そうね、今のあんたが、今の京子の立場になって考えてみるといいわ」

「私が京子の立場に・・・ですか?」

「そう。そして、それは、京子にとって、絶対に我慢ならないはずだから」

夏樹さんの中にいる色々な夏樹さんの中で、雪子さんが好きな夏樹さんは一人だけ。
そして、同時に、それは、京子にとって絶対に我慢ならない、ただ一人の夏樹さん・・・。
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