愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

文字の大きさ
上 下
374 / 386
あなたの声が好き

あなたの声が好き・・・その13

しおりを挟む
夏樹は残り少なくなった煙草を灰皿で消しながら話を続けた。

「京子の精神が歪み始めたのは最近なの・・・」

「最近・・・?」

「そう・・・。それまでは正常だったはずよ!」

「それじゃ、どうして最近になって?だって、夏樹さんと離婚したのって・・・」

「もう10年になるのかしらね?」

「ですよね?それが、どうして今頃になって・・・?」

「消えていく残像・・・。人はね、その人の人生にとって影響が大きければ大きい程に、その人の影を追い続けてしまうの。今の京子がそう・・・」

「それって、夏樹さんですよね?」

「きっとね。ってか、そうじゃなかったら逆にあたしが悩むわよ?」

「ふふっ・・・確かに・・・ですね」

カウンターの方でクマのぬいぐるみと絵本を読んでいる冴子へ、「そろそろ、いつもアニメの時間よ」と、声をかけながら、「冴ちゃんの好きなお菓子が戸棚に入ってるわよ」と、続けて優しく声をかける夏樹に、嬉しそうに笑みを浮かべて戸棚の方へ歩いていく冴子。

「離婚をした頃の京子はね、自己保身と同情を求めていたの。この時の京子は正常そのもの。だから、あれほど素早くあたしを悪者に仕立て上げる事が出来たのよ」

「ええ・・・私も夏樹さんに聞かされた時は、本当、驚きました」

「そして、あたしの悪口を言う度に、次第にその悪口に尾ひれや背びれが付き始めて次第に原型を留めなくなっていっていまうの。すると今度は周りの人たちの顔色をうかがうようになっていったの」

「周りの人の・・・ですか?」

「そうよ。きっと、京子も感じたんでしょうね。周りの人たちが少しずつ自分と距離を置くようになっていくのを。それでも、悪口が止まらない日々が続いていく。そこには色んな人たちの顔が浮かんでは消えて、消えてはまた浮かんでの繰り返し」

「でも、どうして京子は悪口が言うのをやめなかったんですか?」

「前にも言ったように、やめたくてもやめられなかったの。悪口を言うのをやめれば孤独になってしまうから。それにね、京子が良い人になったとしても、何も得るものがないの」

「でも、悪口を言うよりは・・・」

「ふふっ、そんなの京子が一番分かってるじゃないかしら?」

「ですよね・・・?」

「それでも、やめられなかったの、京子には。あの子には、もう、それしか残っていなかったから」

「やっぱり、正直言って、今でも、どうして?って思ってしまいます」

「でもね、次第にそれだけでは収まらなくなっていくの。京子の親や兄弟に親戚、そして知り合いや友人に子供たち。ところが、いったい誰にどんな悪口を言ったのかが次第に分からなくなってしまうから収集がつかなくなっていってしまったの」

「まあ・・・確かに・・・」

「感情の歪みってね、すぐには襲って来ないの。その人その人によって襲ってくる時期って違うんだけどね」

「感情の歪みが襲ってくる時期?」

「たとへばね、自分にとって大切な人が亡くなったとするでしょ?そうするとね、その大切な人の死を受け入れる事が出来ないでいる間はまだ大丈夫なの。でもね、問題はその大切な人の死を受けれた時なの」

「受け入れた時・・・?」

「その時なの、感情の歪みが襲ってくるのは・・・そして、その感情の歪みが精神の歪みへと姿を変え始めると怖いのよ」

「それって、もしかして、大切な人が亡くなった後に、すぐにその人の後を追ってっていう・・・?」

「それも、精神の歪みのひとつね。衝動的感情が理性を越えてしまうような感じかしら?」

「衝動的感情・・・ですか?」

「だから、大切な人が亡くなってすぐに襲ってくるの。それとは別に受け入れる事がなかなか出来ない人の場合は、何年も、中には何十年も経ってから、やっと受け入れる事が出来る人もいるの。でもね、大抵の人は自分の死の直前に初めて大切な人の死を受け入れる事が出来るものなのよ」

「そんなに時間がかかるものなのですか?」

「こんな言葉とかって聞いたことがない?これで、やっとあの人のところへ行ける?って」

「あっ・・・はい、確かによく聞きます」

「一種の自己防衛なのかもしれないわね。受け入れない代わりに、その大切な人と一緒に生きているように感じてしまうのって。だから、死の直前に受け入れるのよ」

「それじゃ、何年とか何十年も経ってから受け入れるっていうのは?」

「それが一番危ないの・・・。今の、京子のようにね」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...