愛して欲しいと言えたなら

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あなたの声が好き

あなたの声が好き・・・その6

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直美の耳に聞こえてきた夏樹の声は、まるで泥酔の意識の中に入り込んでくるように聴こえてきた。
そして、浮わ浮わ騒めいている雑音の隙間を縫うように聴こえてくる声を言葉にする夏樹の姿は
凍える夜に彷徨う刹那の欠片を憑ったまま、怖ばる直美の瞳の中に映りこんできた。

直美は、夏樹が京子の未来の何に怯えていたのかが、今、やっと分かったのである。
「雪子の左の手首にはね・・・その記憶が刻まれているの・・・」・・・この言葉の持つ意味。
そして、初めて知った京子の夏樹への本当の想いに・・・直美は生まれて初めて驚愕を覚えた。

京子は夏樹さんを恨んでなどいなかった・・・いえ、憎んでさえもいなかった・・・。
夏樹さんが私に伝えたかったのは、夏樹さんを恨んでも憎んでもいないっていう京子の心の声
私は、今の今まで、そんな京子の想いなんて考えもしなかったし、ほんの少しも思ってもみなかった。

だから夏樹さんは、離婚をした後でも、あんなにも京子に優しかったんだわ。
動物園での時もそう・・・。京子は誰にも告げずに一人で、大切な思い出の場所にきたはずなのに
夏樹さんは、ちゃんと知っていた。そして、その日、あの時間に、京子が必ず来るという事も・・・。
今思えば、あの時の京子にとって、そんな夏樹さんの想いが、どんなに嬉しかったんだろうって。

離婚した後も、何一つとして京子の悪口なんて言わないで夏樹さん一人が悪者になろうとしていた。
夏樹さんが雪子さんと再会したあの雪の日の出来事もそうだったんだわ。
そして、あの病院の駐車場での出来事もそう・・・。でも、京子は見なかったんだけど・・・。
夏樹さんが京子と離婚した後、取ってきた行動のその全てがそういう意味だったんだわ。

夏樹さんが恐れていた京子の未来・・・。
そして、夏樹さんが守りたかった京子の未来・・・。

京子は夏樹さんの人生に刻まれている記憶の中から自分の記憶を消そうとしているのかもしれない。
それは・・・なぜ?・・・きっと、夏樹さんを愛しているから・・・。
きっと、今でも夏樹さんを愛しているから、そして、夏樹さんに幸せになって欲しいから。

あの日、狂ってしまった夏樹さんとの歯車を、元に戻す方法が見つからなかった京子にとって
夏樹さんの悪口を言う、その行為全てが夏樹さんへの甘えだったのかもしれない。
雪子さんと再会した夏樹さんへの憎悪にも似た悪口を言い続けていた事もそう。

京子は夏樹さんに憎まれようとしていた。夏樹さんに、もっともっと嫌われようとしていた。
そして、夏樹さんと雪子さんが同じ人生を歩もうとしているのを見届けた京子がとる行動は一つだけ。

「やっと分かったかしら?なぜ、あたしが子供たちと会おうとしないのか?その理由が?」

「はい・・・。でも、あまりに意外って言いますか、予想さえしていなかったといいますか」

「京子って可愛いでしょ?」

「と言うよりも、そこまで知っていた夏樹さんに、正直言って驚いています。」

「京子、言ってたでしょ?あたしみたいな人間を好きなってはいけないって・・・」

「どうして分かるんですか?」

「んなの、あんたの可愛いお顔を見てれば分かっちゃうわよ!」

「えっ・・・?私って、そんな顔をしてました?」

意味深な笑みを浮かべながら見つめる夏樹の視線をかわすようにコーヒーを口元に運ぶ直美は
恥ずかしさに変な笑みを浮かてしまうから、静かに少しだけコーヒーを口の中に入れるつもりが
思わず、ずずず・・・と、変な音を立ててしまい、尚更の恥ずかしさに包まれてしまうのである。

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