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あなたの声が好き
あなたの声が好き・・・その5
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「1秒の境界線・・・懐かしい言葉ね・・・」
夏樹は、そう呟くように言葉を流すと、新しく入れてきたコーヒーに口を付ける。
「その言葉ってね、知る前には戻れない後悔と、その後悔と決別する意思を表しているのよ」
「その後悔と決別する意思・・・?ですか・・・」
「そうよ・・・。分かりやすく言えば、もう一度、歩き出すための過去への決別かしら?」
「あの・・・?」
「ん・・・?」
「そこは、新しく歩き出すではなくて、もう一度、歩き出すなのですか?」
「そう・・・。新しくとか、新しい気持ちでとかって都合の良い感情じゃないわね」
「はあ・・・」
「あははっ!別にそんなに深い意味はないわよ。自分にとって都合が悪い過去への後悔を封印するのではなく、その全てを背負ったままで、もう一度、歩き出すって意味なのよ」
「う~ん・・・」
「ふふふっ・・・。まあ、言うなれば、人生はその人の全ての延長線上にあるって事かしらね」
「ようするに、人生にはリセットなどはないって意味でしょうか?」
「正解・・・良く出来ました!」
「んもう~、夏樹さんったら、すぐそうやって・・・もう」
一人でお茶目にふてくされたような仕草を見せる直美を微笑みながら眺める夏樹は、楽しそうに何本目かの煙草に火をつける。
「あたしが後悔しているのは、結婚した事ではなく離婚の時期を間違えた事。前に言ったわよね?」
「あっ、はい。確か、夏樹さんが以前に住んでいたところで・・・」
「もし、あたしが借金に手を染める前に京子と離婚していたなら、京子も子供たちも不幸な人生を送る事なんてなかったのよ」
「でも、それは・・・」
「違うの・・・分かっていたの。離婚するずっと前から分かっていたの」
「分かっていたって、そのままでいたらどうなるか?が、ですか?」
「そう・・・分かっていたの。あたしが借金に手を染める何年も前から分かっていたの」
「何年も前からって・・・それじゃ、どうして?」
「きっと、目先の不幸から目を背けてしまったのね」
「目先の不幸・・・ですか?」
「だってさ、何でもない時にいきなり離婚ってなったら、誰が一番悲しむと思う?」
「それは・・・やっぱり、京子・・・ですか?」
「そう・・・京子。そういう状況での京子の性格って知ってるでしょ?」
「まあ・・・それなりには・・・京子の性格なら、やっぱ!そうなるかなって?」
「それでも、京子が負う傷は小さくて済んだはず・・・」
「でも、それは・・・」
「愛せない感情・・・。この言葉が暗示する未来って分かる?」
「暗示する未来・・・?いえ・・・分かりませんけど・・・どうなるんですか?」
「この言葉ってね、自分の中で自分を責めている時はそれほど厄介な存在じゃないんだけど、その感情が自分の中から外へ出てしまうと状況が一変してしまうの」
「それは・・・?」
「さっき、言ったでしょ?あたしという存在が誰かの人生の記憶に刻まれてしまうって」
「はい・・・確かに、そう聞きましたけど・・・」
「あたしと雪子が別れた真相も話したわよね?それから、裕子の心の中に、裕子の人生に刻まれたあたしと雪子の記憶・・・。そして、これも話したわよね?その人の人生に刻まれた記憶はその記憶を刻んだ者が生きている限り、その記憶が刻まれた人を傷つけ続けていくとも?」
「はい・・・」
「そして、その刻まれた記憶が、刻まれた人を傷つけるのを止めるのは、その記憶を刻んだ者の命が尽きた時だとも?」
「はい・・・」
「女性ってね、男性と違って女々しくないし、結構、立ち直りや割り切りも早いの」
「それは、言えてるかも・・・」
「でも、それってね、こうも言えるのよ。自分の命を割り切るのも早いって」
「いえ・・・あの・・・それは・・・」
直美の言葉の後、夏樹は言葉を返すのを止めてコーヒーを口にする。
何気ない夏樹の仕草に中に浮かび上がる微かな笑みに直美はゾクッと背筋が寒くなっていく。
直美の視線の中に映るその微かな笑みを浮かべる夏樹の顔が歪んで見えたからである。
「雪子の左の手首にはね・・・その記憶が刻まれているの・・・」
夏樹は、そう呟くように言葉を流すと、新しく入れてきたコーヒーに口を付ける。
「その言葉ってね、知る前には戻れない後悔と、その後悔と決別する意思を表しているのよ」
「その後悔と決別する意思・・・?ですか・・・」
「そうよ・・・。分かりやすく言えば、もう一度、歩き出すための過去への決別かしら?」
「あの・・・?」
「ん・・・?」
「そこは、新しく歩き出すではなくて、もう一度、歩き出すなのですか?」
「そう・・・。新しくとか、新しい気持ちでとかって都合の良い感情じゃないわね」
「はあ・・・」
「あははっ!別にそんなに深い意味はないわよ。自分にとって都合が悪い過去への後悔を封印するのではなく、その全てを背負ったままで、もう一度、歩き出すって意味なのよ」
「う~ん・・・」
「ふふふっ・・・。まあ、言うなれば、人生はその人の全ての延長線上にあるって事かしらね」
「ようするに、人生にはリセットなどはないって意味でしょうか?」
「正解・・・良く出来ました!」
「んもう~、夏樹さんったら、すぐそうやって・・・もう」
一人でお茶目にふてくされたような仕草を見せる直美を微笑みながら眺める夏樹は、楽しそうに何本目かの煙草に火をつける。
「あたしが後悔しているのは、結婚した事ではなく離婚の時期を間違えた事。前に言ったわよね?」
「あっ、はい。確か、夏樹さんが以前に住んでいたところで・・・」
「もし、あたしが借金に手を染める前に京子と離婚していたなら、京子も子供たちも不幸な人生を送る事なんてなかったのよ」
「でも、それは・・・」
「違うの・・・分かっていたの。離婚するずっと前から分かっていたの」
「分かっていたって、そのままでいたらどうなるか?が、ですか?」
「そう・・・分かっていたの。あたしが借金に手を染める何年も前から分かっていたの」
「何年も前からって・・・それじゃ、どうして?」
「きっと、目先の不幸から目を背けてしまったのね」
「目先の不幸・・・ですか?」
「だってさ、何でもない時にいきなり離婚ってなったら、誰が一番悲しむと思う?」
「それは・・・やっぱり、京子・・・ですか?」
「そう・・・京子。そういう状況での京子の性格って知ってるでしょ?」
「まあ・・・それなりには・・・京子の性格なら、やっぱ!そうなるかなって?」
「それでも、京子が負う傷は小さくて済んだはず・・・」
「でも、それは・・・」
「愛せない感情・・・。この言葉が暗示する未来って分かる?」
「暗示する未来・・・?いえ・・・分かりませんけど・・・どうなるんですか?」
「この言葉ってね、自分の中で自分を責めている時はそれほど厄介な存在じゃないんだけど、その感情が自分の中から外へ出てしまうと状況が一変してしまうの」
「それは・・・?」
「さっき、言ったでしょ?あたしという存在が誰かの人生の記憶に刻まれてしまうって」
「はい・・・確かに、そう聞きましたけど・・・」
「あたしと雪子が別れた真相も話したわよね?それから、裕子の心の中に、裕子の人生に刻まれたあたしと雪子の記憶・・・。そして、これも話したわよね?その人の人生に刻まれた記憶はその記憶を刻んだ者が生きている限り、その記憶が刻まれた人を傷つけ続けていくとも?」
「はい・・・」
「そして、その刻まれた記憶が、刻まれた人を傷つけるのを止めるのは、その記憶を刻んだ者の命が尽きた時だとも?」
「はい・・・」
「女性ってね、男性と違って女々しくないし、結構、立ち直りや割り切りも早いの」
「それは、言えてるかも・・・」
「でも、それってね、こうも言えるのよ。自分の命を割り切るのも早いって」
「いえ・・・あの・・・それは・・・」
直美の言葉の後、夏樹は言葉を返すのを止めてコーヒーを口にする。
何気ない夏樹の仕草に中に浮かび上がる微かな笑みに直美はゾクッと背筋が寒くなっていく。
直美の視線の中に映るその微かな笑みを浮かべる夏樹の顔が歪んで見えたからである。
「雪子の左の手首にはね・・・その記憶が刻まれているの・・・」
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