愛して欲しいと言えたなら

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愛せない感情

愛せない感情・・・その19

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「それは違うわね・・・」

「えっ・・・?」

「雪子があたしを選んだのよ・・・」

雪子さんが夏樹さんを選んだ?夏樹さんではなくて・・・雪子さんが夏樹さんを・・・。
どうして、そうなるの・・・?いえ・・・どうして?そういう言い方をするの?

「ちょっと、あんた!」

「あい・・・?というか・・・やっぱり、あい?」

「あははっ!あんた、危ないわよ!」

「へっ・・・?」

「今、あんたさ、どんな風に頭の中で言葉を並べていたの?」

「いぇっ!・・・じゃなくて・・・びぇ?・・・いえ・・・あぇ?」

「ホント!あんたって面白いんだわ!」

「いや~・・・へへへっ・・・」

「裕子もね、今のあんたと同じような言葉を並べちゃうのよ」

「裕子さんも、私と同じような言葉を・・・ですか?」

というか・・・どうして分かるんですか?と、思う、私は正しいと思う・・・です。はい!

「確かにあたしは色んな女性とお付き合いをしてきたわ。でもね、それはその女性たちの人生を変えてしまう程のお付き合いじゃなかったから、その女性たちからすれば、若い頃のちょっとした想い出として記憶の中に収められていると思うの。ふふっ、おそらくだけど・・・」

「おそらく・・・なんですか・・・?」

「そう、おそらく・・・。だって、直接訊いたわけじゃないし。だから、おそらく」

「う~ん・・・確かに・・・」

「でもね、裕子だけは違うの。裕子だけは他の女性とは違うの」

「裕子さん?それは、もしかして雪子さんと関係があるんですか?」

視線を遊ばせるように泳がせる夏樹が、微かな冷えた笑みを浮かべながら答える。

「雪子の幸せはね、裕子の犠牲の上に成り立っているの・・・」

「でも、それは・・・」

「この先、京子の事であんたに辛い思いをさせてしまうのだから、あんたにだけは教えてあげるわね」

「私にだけ・・・?」

夏樹はどこから来たのか?いつ来たのか?分からないが、テーブルの上で寝そべっている猫のぬいぐるみを右手でそっと持ち上げると赤ちゃんをあやすような感じに猫のぬいぐるみを両腕に乗せると、その猫のぬいぐるみの背中を優しくなでながら言葉を続けた。

「人の人生ってさ、一人じゃないのよね。必ずその人の人生の記憶の中に残るものなの。知り合った全ての人との記憶がね。」

「人と知り合った記憶・・・?」

「人の人生って一度きりじゃない?しかも、巻き戻しもやり直しもきかない。いきなりの記憶がその人の人生の記憶に刻まれていくの。嬉しい記憶も悲しい記憶も、そして、消してしまいたい程の記憶さえも、容赦なく、その人の人生の記憶に刻まれてしまうの」

「でも、それは・・・」

「当たり前の事よね?でもね、それを当たり前と考えられる記憶と、当たり前と考えられない記憶とがあるのよ」

「う~ん・・」

「あんたのその悩み方って可愛いんだわ!」

「いや~・・・そう言われましても・・・へへっ」

「京子はどうかしらね?京子の人生の中に、あたしっていう人間の記憶が刻まれているのって、京子の人生を台無しにしていると思わない?」

「えっ・・・?いえ・・・それは、きっと、違うと思いますけど・・・」

「まあ、京子がどうとらえているか?って、想いに左右されるのかもしれないけど」

「私も、そう思います」

「でも、京子には、あたしに結婚を求められた言葉の記憶とその瞬間の記憶があるし、結婚を考えて、そして結婚という世界までのあたしと一緒に歩いた二人だけの記憶。それから夫婦として暮らし始めた記憶、子供が出来たと告げた時の記憶・・・」

「私が言うのもなんなのですが、きっと京子にとっては、とっても大切な時間だったと思います」

「そして、とても幸せだった時間?」

「ええ・・・そう思います。確かに悲しい終わり方というか別れ方だったとは思いますけど、それでも、夏樹さんと過ごした幸せな記憶はそのまま京子の心の中にあると思います」

「時々ね、その記憶ってさ、刻まなかった方がよかった記憶なのかもしれないって思う時もあるの」

「そんな事はないと思いますけど・・・」

「でもね、やっぱり考えちゃう時もあるの。あたしなんかじゃなくて、もっと別の違う人との人生だったなら、京子は幸せな人生になっていたんじゃないかな?ってね」

「あの・・・それって、ちょっと夏樹さんの言葉とは思えないんですけど?」

「もしかして、子供たち?」

「ええ・・・」

「それでも、思ってしまうの・・・。こんなあたしでもね、そんな時もあるのよ」

結婚を否定してはいけない。一緒に暮らした日々を否定してはいけない。
そして、愛した想いを否定してはいけない。
そこには間違いなく愛したいと願う想いと愛されたいと願う想いがあったはずなのだから。
ましてや、それを否定してしまえば、生まれて来た子供までも否定してしまう事になるのだから。
そう言っていたはずの夏樹が初めて見せる心の弱さに直美は驚いていた。

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