愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

文字の大きさ
上 下
358 / 386
愛せない感情

愛せない感情・・・その18

しおりを挟む
冷めかけたコーヒーに合わせる視線に引き寄せられるように夏樹が煙草に火をつける。

「涙・・・流れないんでしょう?」

直美は、京子の孤独と寂しさ、そして、どうにもならない悔しい感情に涙が流れないのではなく、
その全てを知り過ぎている夏樹の前で、見え隠れさえしてはくれない出口のない未来に、
夏樹が、夏樹自身に生きてきた後悔を認めさせない非情な意思が閉ざす施錠が見せる
後悔と悔いは違うのだと言い切らなければならなかった京子への想いの儚さを知らされた。

何をどれだけ否定しても、誰をどれだけ傷つけても、
朽ち果てていくだけの夏樹との愛の日々を、京子が、その手から離さない限り、
後悔を拒絶し続ける夏樹の感情を、誰も受け止めてはいけないのだと知った直美は、
知る前には戻れない1秒の境界線が、流れるはずの涙さえ否定してしまう無情さに
肯定する言葉を探せないままコーヒーカップを見つめていた。

「目が見えなくなるかもしれないって恐怖は、他のどの恐怖とも違うのよね」

煙草の灰を灰皿に落としながら夏樹が言葉を続ける。

「たとへ、目が見えなくなる確率が限りなく低くても、その言葉の怖さは、それを知らされた人にしか分からない怖さ、そして、その人の未来、その全てを奪い去ってしまう。見えていた景色が見えなくなる恐怖って、自分の生きて来た人生のその全てを否定されてしまうような錯覚さえ覚えてしまうから」

「京子は、ずっと、そんな中で毎日を過ごしていたなんて、私は全然知らなくて・・・」

「あんただけじゃないわよ。子供たちも知らないはずよ。京子って、そういうの誰にも言わないから」

「それじゃ・・・夏樹さんにだけ?」

「きっとね・・・」

「そんな・・・私、何も知らなかったから、京子に・・・」

「それでいいのよ!京子ってね、誰かに同情されるのが大っ嫌いな性格してるから」

「えっ・・・?でも・・・」

「そういう弱いところは誰にも知られたくないみたいよ。他のところはどんどん同情しまくって欲しいって騒いでいたのにね。京子って可愛いでしょ?」

直美は、やっと分かりかけてきたと思っていた京子の隠す悲しみや想いが、遠くへ離れていくのを感じながら、
そんな京子のやり場のない日々の状況よりも、それを知っていた夏樹の心情の方が怖かった。

「これがあたしが知っている京子の全て。この先、京子と、どう向き合うのかはあんたが決めなさい」

「すいません、ちょっと混乱しているっていうか何ていうか・・・です。はい。」

「あははっ!その分なら大丈夫そうね!」

「へっ・・・?」

「ほら?ね!いつものあんたのままじゃない?」

「そうかな・・・?」

「でも、京子は幸せ者よね?あんたみたいなおバカがそばにいてくれるんだからさ」

「いや~・・・へっ?」

「損得勘定よりも、先に感情に触れようとするあんたって、あたしは好きよ!」

夏樹の言葉に、喜んでいいのか?それとも照れた方が良いのか?少し迷う直美が見せる仕草に、
直美の膝の上にいるカバのぬいぐるみが、「耳をクルクル回すのはやめて!」と、嬉しそうに訴えているようである。
そんなカバのぬいぐるみを優しい瞳で見つめている夏樹に直美は問いかけてみる。

「それでも夏樹さんは雪子さんを選ぶのですね・・・?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...