愛して欲しいと言えたなら

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愛せない感情

愛せない感情・・・その6

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直美は、カウンターに腰かけている冴子とテーブルで開いている絵本の横でちょこんと座って、
一緒に絵本を読んているクマのぬいぐるみを眺めながら夏樹に訊いてみたのである。

「あの~・・・もしかして、あのクマさんって?」

「あら?やっぱり分かる?」

「ええ、なんていうか、ビビビッて感じで・・・へへへ」

「あのクマ、ここに引っ越してきてから、冴ちゃんとすっかり仲良しになったみたいで、いつも一緒に遊んでるのよ」

「なんか不思議なクマさんですよね」

「ふふっ、あのクマも不思議だけど、冴ちゃんも不思議って言えば不思議な子なのかもしれないわ」

「冴ちゃんも・・・ですか?」

「ええ、冴ちゃんには、あのクマが何を考えているのか分かるみたいなのよ」

「えっ・・・?まさか・・・」

「あたしも、最初は、半信半疑だったんだけどね!」

「う~ん・・・」

直美は信じていいのか悩みながら膝の上で寝ているカバのぬいぐるみの耳を揉み揉みしていた。

「あら?あんた、いつそんなところにいったのよ?」

「えっ・・・?」

「そのカバさんよ」

「あっ、えっ?いえ、最初からここに・・・えっ?違うんですか?」

「あはは、まぁ~この子たちの行動を考えるのはやめた方がいいみたいね」

「はぁ・・・」

「そういえば、あんたさ、煙草とかって吸うの?」

「時々、ちょっと吸ってみる感じですけど」

「そう、よかったわ」

そう言いながら夏樹は立ち上がるとカウンターの方へ歩いていく。
直美は、冴子たちとお話をしている夏樹の姿にふと思った。

これが夏樹さんの新しい暮らしなのかな?
ここには京子はいない、亜晃君も省吾君もいない。
家族だったはずなのに、夫婦だったはずなのに、京子たちの気配さえもここにはない。

「不思議な眺めでしょ?」

少しして戻って来た夏樹が、テーブルの上にガラスのお洒落な灰皿を置きながら話しかける。

「ここには何もないのよね、あるのは記憶のなごり」

「記憶のなごり・・・ですか」

「そう、言ってみれば未練が生み出す幽霊みたいなものかしら?」

「京子の事ですよね?」

「京子というより京子たち・・・かしら。そして、それは時間と共に少しずつ朽ち果てていくだけの記憶の欠片」

まただ・・・また、夏樹さんは言わなかった。亜晃君の名前も省吾君の名前も言わなかった。
で・・・きっと夏樹さんはこう言うんだわ。「子供たちの名前?」って。

「どうでもいいのよ」

へっ・・・?
う~ん・・・で、その心は・・・。じゃなくて、この場合、どういう意味になるの?

「子供たちが、親に頼るのは、ごく自然な流れだったはずなのにね」

だったはず・・・。やっぱり夏樹さんは亜晃君や省吾君の事を忘れいないんだわ。
京子は、夏樹さんの眼中には子供たちは映っていないみたいな事を言ってたけど本当はその逆。

夏樹さんにとっての京子が、どれ程の存在でも他人の境界線を越える事はないけど、
子供たちの場合はそうじゃない、どんなに離れていても、どんなに長い年月の間を会わなくても、
子供たちの身体に流れている血は、けっして他人にはなれないのだから。

「あら?あんた、ちょっと会わないうちに随分と思慮深くなったみたいね?」

「へへっ・・・そうかな?」

「でもね~、やっぱさ、煙が少ないと吸った気がしないもんよね」

「いつもは違う銘柄なんですか?」

「そうよ、でも煙が多かったり匂いが強い煙草だと、この子たちに怒られちゃうのよね」

「この子たちって・・・この子たち?」

直美は近くに座っているぬいぐるみたちを指さしながら笑みを浮かべる。
そんな直美の仕草に微笑みながら、生まれたばかりの煙草の煙が薄れていくのを待つかのように、
少しの時間の無言が夏樹の雰囲気を変えていく。

「消えていく未来・・・きっと、今の京子には、そう感じられているはずよ」

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