愛して欲しいと言えたなら

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愛せない感情

愛せない感情・・・その5

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「あんたのその表情からすると何か感じ取ったみたいね」

「まあ・・・何て言うか・・・」

「まぁいいわ!とりあえず中に入りなさいな!」

夏樹はそう言いながら冴子と手を繋いでアトリエの中へと入って行く。
直美は初めて見るアトリエを眺めていると木目のプレートに気がついた。

「アトリエ・愛里・・・変わった名前だけど何か意味があるのかな?」

でも、来ちゃったんだわ、夏樹さんに引っ越した街に来ちゃった!
直美がアトリエの玄関を開けて店内を覗いてみると、カウンターのところにちょこんと腰かけて
クマのぬいぐるみと絵本を読んでいる冴子の姿が見えた。

カウンターの中では夏樹がコーヒーを作っているらしくコーヒーカップを用意しながら
オレンジジュースの入ったグラスを、冴子とクマのぬいるみの読書の邪魔にならないように
ちょっとだけ離れたところに置いて、玄関のところで店内を眺めている直美に声をかけてくれた。

「そんなところで何やってるの?早く中に入りなさいな!」

「あっ、はい・・・それじゃ、お邪魔しま~す」

「今、コーヒーを持っていくから、その辺、好きなところに腰かけてくれるかしら?」

直美は遠くに小高い山が見える窓際の席に座って店内を見渡してみる。
店内に設置してある幾つかのテーブルの椅子やテーブルの上に色々なぬいぐるみたちの姿が見える。

ちゃんと椅子に座っているぬいぐるみも居れば、
テーブルの上にちょこっと座っているぬいぐるみ、
窓と窓の間にある木目の棚にも、ぬいぐるみたちが寝転んだりしている。

そんなぬいぐるみたちの姿に、飾られているというよりは生息しているように錯覚をしてしまう
まるで、どこか別の世界に来ているようにさえ思えてしまうこの店内の空間に、夏樹の人柄を感じていた。

直美の選んだテーブルにも、他と同じように直美の向かい側の席に大きめの黒い犬のぬいぐるみ
その隣にはキツネのぬいぐるみ、そして、テーブルの上にはカバのぬいぐるみ。

「あれ?このカバさんは、確か以前に夏樹さんの家に行った時に、夏樹さんが連れてきたカバさんだわ!」

「あら?良く覚えていたわね」

夏樹はそう言いながら、コーヒーカップを直美の前に置いて、
椅子に座ってるキツネのぬいぐるみを抱えながら、自分の席の前にコーヒーカップを置いて椅子に腰かけた。

「やっぱり、あの時のカバさんだったんですね!」

「もしかしたら、このカバさんには、あんたがここに来るのが分かっていたのかもね?ついでに、あんたが座る席も・・・」

「うそ?まさか、そんな・・・ははは」

「嘘でも、まさかでも、もし、そうだったならいいな~って思わない?」

「ははは・・・確かに・・・そうかも」

「でも、よく迷わずにここまで来れたわね?」

「いや~・・・それについては私もビックリしているんですよ。ただただ夏樹さんに教えられた目印だけを捜して走っていたら、知らないうちに最後の目印まで来ちゃいました」

「死ぬわよ、あの子」・・・先ほどの夏樹の言葉。
直美が到着して早々に聞こえてきた夏樹の言葉の真意を、
直美はすぐに訊き返そうとはしなかった。

確かに、普通に考えてみても、とても衝撃的な言葉だったはずなのだが。
それでも、直美自身、その事を想像しなかったわけではない。

夏樹と初めて会い、そして初めて会話を交わして以来、
心の中で、少しずつ何かが、分かり始めていくのを直美は何となく感じ始めていた。

人が死を選択肢に加える事はそれほど珍しい事でもない。
そして、それは、それほど難しい選択肢なわけでもないという現実を、
直美は、夏樹に教えられたような気がしていた。

本当に難しいのは死という選択肢を選ぶことではなく、生きるという選択肢を選ぶ未来、
生きたいと伝えようとする心の声を捜そうとする自分自身を、見失わないための痛みを受け入れる事なのだと。
そして、それを京子に伝えるために夏樹に会いに来たのだと直美は確信していた。

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