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消えていく未来
消えていく未来・・・その8
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マスターは、少し冷めてしまったコーヒーを飲みながら、
ポケットから取り出した煙草に火をつけた。
「あっ、これは、私とした事がすみません」
慌てて席を立とうとするマスターに裕子が声をかける。
「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ。私も、喫煙者の一人ですから」
「いやいや、いつもの癖で、つい・・・灰皿を持って来ていませんでした」
「あら?そっちだったんですか?」・・・裕子はニコッと微笑んだ。
「ははは・・・こういう会話は、裕子様もお嫌いではないようで少しほっとしました。年甲斐もなく滑ってしまったらどうしようかと思う前に、言葉が先に出てしまいましたもので」
裕子は、一緒に笑みを浮かべながら、マスターってこういうキャラだったのかしら?と思った。
「もしかして、雪子と一緒の時も、今、みたいに?」
「ははは・・・いつも滑ってばかりでしたけど」
「雪子は、マスターの前でも猫を被っていたんですね」
「と言いますと、やっぱり、普段はもっと明るい感じなのでしょうか?」
「いえ、普段も、猫を被りっぱなしみたいなので、私といる時以外は、大人しく物静かな雪子を演じているみたいですよ」
「そうでしたか、私の前でだけではなかったんですね。いつも、裕子様とお話をなされている雪子様は、とても楽しそうにしておられたので、もしかしたらと、私も、ついつい冗談などを言ってみるのですが、いつも滑ってばかりで、私は全然信用がないのでは?と思ったりする時もあったものですから少し安心致しました」
「あっ、それ、分かります。私も、マスターと同じように思ってしまう時があるんです。だって、雪子ったら夏樹さんといる時と私といる時では、ほんと大違いなんですよ」
「大違い・・・?」
「ええ、まるで別人みたいで。あなたはどちらの雪子さん?って、思ってしまうくらいの天地の差なんです」
「そんなに違うのですか・・・?」
「ええ、違うのなんのって、夏樹さんといる時はきゃっきゃ!きゃっきゃ!の、台風みたいなんですよ」
「ははは・・・一度、見てみたいですね。それで、ちょっと、つかぬことをお訊きしますが、夏樹様は悟られやすいタイプなのでしょうか?」
「悟られやすいというのは?」
「はい、夏樹様は、ご自分の考えている事を相手に悟られやすい方なのだろうかと、ふと、思いまして。特に本心といいますか、心の中の真実といいますか」
「あの人は、絶対に自分の心を見せない人です。だから、あの人の口から真実を聞くのは、天地がひっくり返ってもありえないと思ってます」
「あの人・・・ですか。今、話された裕子様は、夏樹様の恋人だった頃の裕子様ですね」
「あっ・・・すみません、私ったら・・・」
「いえいえ、でも、初めて見ました、恋人だった頃の裕子様のお顔を・・・。裕子様にとっても、夏樹様は特別な存在だったのですね・・・きっと、今でも・・・」
「そうかもしれません。でも、今は、遠い日の懐かしい想い出になりました」
「今では・・・ではなくて、今は・・・。夏樹様と何かあったのですね?」
「ええ、実は、改めてといいますか今になってといいますか、今年の初めに、夏樹さんから、さよならを伝えられました。でも、そのおかげで肩の荷が下りたというか、気持ちがとても楽になったみたいなんです」
「そうでしたか・・・」
裕子は夏樹との別れを素直に言葉に出来ることに、ほのかな嬉しさを感じていた。
それまでの裕子は、夏樹との別れを言葉にすることが、どこか恥ずかしいような、
それを言葉にすることが、なぜか憚れてしまう、そんな風に感じてしまっていた。
知らず知らずのうちの自然消滅のような夏樹との恋愛だったあの頃
しかも、一度ならず二度までも、同じ自然消滅のような終わりだった裕子にとって
今年初めに、35年という長い年月を経て夏樹から伝えられたさよならは、
冷たく暗い悲しみの感情ではなく、晴れ間に差し込む日差しのように暖かかった。
「それより、さっき、訊かれました、夏樹さんがというのは、いったい?」
「もしかしましたら、夏樹様は、決して真実は口にしない人なのではないだろうかと思ったものですから」
「ええ、確かに、私もそう思いますけど・・・それが、何か?」
「はい。とすれば、先ほど、裕子様が言っておられました(愛して欲しいと言えたなら)という言葉ではないのかもしれません」
「それじゃ、いったい、夏樹さんは雪子に何を言わせようとしているのでしょうか?」
「さあ、それは分かりませんが、それでも、一つだけ分かる事があります。夏樹様が、決して本心を悟らせない人であるのなら、それに繋がるような影さえも悟らせないはずです」
「それじゃ、雪子の言っていた言葉はいったい・・・」
「いえ、それは間違ってはいないと思います。ただ、何かが違うようなと言いますか、もっと別に何かがと言いますか、とはいっても、今は、そこまでしか分かりませんが」
夏樹さんは、雪子にいったい何を求めているの?
私には、まるで、夏樹さんが雪子を追い詰めているように見えてしまう。
きっと、夏樹さんと雪子の二人だけにしか分からないのかもしれないけど。
でもね、それじゃ、あんまりにも雪子が可哀そうよ・・・ねえ、夏樹さん?
ポケットから取り出した煙草に火をつけた。
「あっ、これは、私とした事がすみません」
慌てて席を立とうとするマスターに裕子が声をかける。
「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ。私も、喫煙者の一人ですから」
「いやいや、いつもの癖で、つい・・・灰皿を持って来ていませんでした」
「あら?そっちだったんですか?」・・・裕子はニコッと微笑んだ。
「ははは・・・こういう会話は、裕子様もお嫌いではないようで少しほっとしました。年甲斐もなく滑ってしまったらどうしようかと思う前に、言葉が先に出てしまいましたもので」
裕子は、一緒に笑みを浮かべながら、マスターってこういうキャラだったのかしら?と思った。
「もしかして、雪子と一緒の時も、今、みたいに?」
「ははは・・・いつも滑ってばかりでしたけど」
「雪子は、マスターの前でも猫を被っていたんですね」
「と言いますと、やっぱり、普段はもっと明るい感じなのでしょうか?」
「いえ、普段も、猫を被りっぱなしみたいなので、私といる時以外は、大人しく物静かな雪子を演じているみたいですよ」
「そうでしたか、私の前でだけではなかったんですね。いつも、裕子様とお話をなされている雪子様は、とても楽しそうにしておられたので、もしかしたらと、私も、ついつい冗談などを言ってみるのですが、いつも滑ってばかりで、私は全然信用がないのでは?と思ったりする時もあったものですから少し安心致しました」
「あっ、それ、分かります。私も、マスターと同じように思ってしまう時があるんです。だって、雪子ったら夏樹さんといる時と私といる時では、ほんと大違いなんですよ」
「大違い・・・?」
「ええ、まるで別人みたいで。あなたはどちらの雪子さん?って、思ってしまうくらいの天地の差なんです」
「そんなに違うのですか・・・?」
「ええ、違うのなんのって、夏樹さんといる時はきゃっきゃ!きゃっきゃ!の、台風みたいなんですよ」
「ははは・・・一度、見てみたいですね。それで、ちょっと、つかぬことをお訊きしますが、夏樹様は悟られやすいタイプなのでしょうか?」
「悟られやすいというのは?」
「はい、夏樹様は、ご自分の考えている事を相手に悟られやすい方なのだろうかと、ふと、思いまして。特に本心といいますか、心の中の真実といいますか」
「あの人は、絶対に自分の心を見せない人です。だから、あの人の口から真実を聞くのは、天地がひっくり返ってもありえないと思ってます」
「あの人・・・ですか。今、話された裕子様は、夏樹様の恋人だった頃の裕子様ですね」
「あっ・・・すみません、私ったら・・・」
「いえいえ、でも、初めて見ました、恋人だった頃の裕子様のお顔を・・・。裕子様にとっても、夏樹様は特別な存在だったのですね・・・きっと、今でも・・・」
「そうかもしれません。でも、今は、遠い日の懐かしい想い出になりました」
「今では・・・ではなくて、今は・・・。夏樹様と何かあったのですね?」
「ええ、実は、改めてといいますか今になってといいますか、今年の初めに、夏樹さんから、さよならを伝えられました。でも、そのおかげで肩の荷が下りたというか、気持ちがとても楽になったみたいなんです」
「そうでしたか・・・」
裕子は夏樹との別れを素直に言葉に出来ることに、ほのかな嬉しさを感じていた。
それまでの裕子は、夏樹との別れを言葉にすることが、どこか恥ずかしいような、
それを言葉にすることが、なぜか憚れてしまう、そんな風に感じてしまっていた。
知らず知らずのうちの自然消滅のような夏樹との恋愛だったあの頃
しかも、一度ならず二度までも、同じ自然消滅のような終わりだった裕子にとって
今年初めに、35年という長い年月を経て夏樹から伝えられたさよならは、
冷たく暗い悲しみの感情ではなく、晴れ間に差し込む日差しのように暖かかった。
「それより、さっき、訊かれました、夏樹さんがというのは、いったい?」
「もしかしましたら、夏樹様は、決して真実は口にしない人なのではないだろうかと思ったものですから」
「ええ、確かに、私もそう思いますけど・・・それが、何か?」
「はい。とすれば、先ほど、裕子様が言っておられました(愛して欲しいと言えたなら)という言葉ではないのかもしれません」
「それじゃ、いったい、夏樹さんは雪子に何を言わせようとしているのでしょうか?」
「さあ、それは分かりませんが、それでも、一つだけ分かる事があります。夏樹様が、決して本心を悟らせない人であるのなら、それに繋がるような影さえも悟らせないはずです」
「それじゃ、雪子の言っていた言葉はいったい・・・」
「いえ、それは間違ってはいないと思います。ただ、何かが違うようなと言いますか、もっと別に何かがと言いますか、とはいっても、今は、そこまでしか分かりませんが」
夏樹さんは、雪子にいったい何を求めているの?
私には、まるで、夏樹さんが雪子を追い詰めているように見えてしまう。
きっと、夏樹さんと雪子の二人だけにしか分からないのかもしれないけど。
でもね、それじゃ、あんまりにも雪子が可哀そうよ・・・ねえ、夏樹さん?
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