愛して欲しいと言えたなら

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霞んでいく記憶

霞んでいく記憶・・・その19

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「本当は、愛奈ちゃん、あたしに会いに来たかったんでしょ?」

「えっ?分かるんですか?」

「そんなの、分かるわよ。もし、もう一度、あたしのところまで一人で来れるなら?・・・でしょ?」

「はい。でも、裕子さんと一度しか行った事がないので、一人で迷わないで行けるかどうか、ちょっと、不安だったんです」

「違うでしょ?まったく、もう!この子は。あやつに似て素直じゃないんだから」

「へっ・・・?」

「本当は、あたしを殺したいほど憎んでるくせに、無理しちゃって」

「いや・・・あの・・・」

「もう、本当に、困った子ね?」

「・・・あの・・・どうして、それを・・・」

「愛奈ちゃんの大好きなお母さんだから、誰よりも、お母さんの幸せを大切にしたいんでしょ?」

「・・・」

「だから、あたしに会いに来た時に、どうしても許せなかった。雪子があたしを選んだ事ではなく、行方不明になっている雪子を探しもしない、心配もしない。それどころか、そんな雪子をほっといて、呑気な日常を過ごしているあたしが許せなかった・・・違う?」

「どうして・・・?」

「だから、一人ではあたしに会いに来れなかった・・・もう、ほんとに可愛いんだから愛奈ちゃんって」

「だから、どうして・・・?」

「もし、愛奈ちゃんが一人であたしに会いに来たら、きっと、あたしを傷つけてしまう。そしたら大好きなお母さんを悲しませてしまう。なのに、自分の中にある衝動を抑える自信が持てなかった・・・って、とこかしら?」

信じられなかった・・・
愛奈は、その思いだけは、夏樹には悟られないようにと、
最新の注意を払っていたはずであり、絶対に悟られていないと確信していたはずだった。

それなのに・・・なぜ?
それなのに、なぜなの?・・・なぜ、夏樹さんには分かるの?

「愛奈ちゃん、あたしが言った言葉を覚えてるかしら?」

「はい・・・」

「あの言葉にはね、もう一つ、隠された意味があるのよ。人は、心の中にもう一つの扉を持ってるの、その扉を開いた部屋の中には、誰にも隠したい想いや誰にも知られたくない過去、そして、自分でも気がつかない本当の自分の姿。でもね、その部屋の一番奥に、もう一つ、扉があるのよ。その扉の向こうにあるのは、自分の衝動を解き放つための鍵が隠されているの」

「もしかして、夏樹さんはそれを知っていたから、私に、憎むなら夏樹さんをって・・・」

「そうしないと、行き場をなくしたどうにもならない愛奈ちゃんの感情が、今度は、愛奈ちゃん自身を攻撃し始めてしまうの。もし、そんな事になったら、愛奈ちゃんは一番大好きなお母さんを悲しませてしまうからなのよ」

「・・・」

「愛奈ちゃんが、その隠された扉の向こうにある鍵の存在に気がついているって分かったからなの」

「・・・」

「その隠された扉の向こうにある鍵の存在を知らなければ、日々の日常の中の喜怒哀楽。でも、その鍵の存在を知ってしまうと、交差する想いが悲しい未来に引き寄せられてしまうの」

「・・・」

「だから、最初の電話の時から、あたしに会う事にためらわなかったし会いたかった・・・でしょ?でしょ?でしょ?」

「でしょ?でしょ?でしょ?って、あの・・・そこはですね・・・」

「あはは。そうだわ、愛奈ちゃんに、あたしの持論の中からひとつ教えてあげるわね。怒りはいつか笑いに変わるけど、悲しみと寂しさは、人の心を狂気に変えてしまうの」

「だから、夏樹さんを憎めと・・・」

「憎しみは怒りと同じようなものだからね。どちらも、誰かに向けられる刃なの」

「全部、見透かされていたなんて、やっぱり、夏樹さんにはかなわないです」

「そんな事ないわよ、雪子に比べたら、あたしなんて赤子みたいなものなんだから」

「そうなんですか?」

「そうよ、考えてもみなさいな、雪子ったら、あたしに何一つ言わないで姿を消したのよ。これで、もし、あたしが雪子の本当の願いに気がつかなかったらって思うと、今でも、ゾッとするわよ」

お母さんの本当の願い・・・?

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