愛して欲しいと言えたなら

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霞んでいく記憶

霞んでいく記憶・・・その17

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「死なせないわよ!」

即答で答える夏樹の言葉に、愛奈は声をあげて泣き出した。
それは、何も隠さず、何もはぐらかさない、夏樹の真っすぐな言葉に対しての涙なのかもしれない。

「死なせないわよ!」・・・それは、死なないではなく、死ぬわけがない・・・でもなかった。

普通なら、どうして雪子が死ぬの?
もしくは、心配しなくても大丈夫よ!などの言葉で返すのだろうが夏樹は違った。

「死なせないわよ!」という言葉は、今の雪子が置かれている状況を鮮明に映し出す言葉であり、
それに対しての隠す事のない本心を見せてくれた夏樹の言葉だったから、それが、愛奈にはとても嬉しかった。

「まったく、こんなにも可愛い愛奈ちゃんを泣かせちゃうなんて、ほんと雪子ってダメよね!ってか、裕子はどうしたの?あれほど、愛奈ちゃんを、ぎゅっ!て、しなさいって言ってたのに、まったく、ちょんまげよね!」

「へへへ・・・」

夏樹の言葉に反応したらしく、愛奈が涙声で笑った。

「でも、愛奈ちゃんは、どこをどう迷って?そこにたどり着いたの?」

「夏樹さんは知っていたんですね?」

「ええ・・・知っていたわ」

「知っていて、お母さんを引き留めなかったんですね・・・」

「決めるのはあやつよ、あたしじゃないの」

「夏樹さんは冷たい人です」

「ふふっ、ありがと。愛奈ちゃんにそう言ってもらえると、とっても嬉しいわ」

「えっ・・・?」

「ん・・・?」

「いえ・・・あの・・・そこは」

「愛奈ちゃん、あたしが言った言葉を覚えてる?」

「えっ・・・?」

「あたしが、夏樹の命を奪うのは雪子だけよって!言ったの覚えてる?」

「あっ、はい」

「もし、あやつが、自分の命を終わらせたとしたら、誰が、あたしの命を奪えるのかしら?」

「あの・・・それって・・・」

「愛奈ちゃんには隠さないで言うわね。これが、あやつが、愛奈ちゃんたちとの幸せな家庭を捨ててまで、あたしを選んだ本当の理由なのよ・・・怖いでしょ、雪子って」

夏樹に会いに行った時に、色々、話した会話の内容からある程度は推測はしていた愛奈だったが、
それでも、今、夏樹の口から聞かされた母親が失踪した本当の理由を聞かされて、正直、驚きを隠せなかった。

人は、そこまで、誰かを愛せるものなのだろうか?
ドラマや映画みたいに、作り物ならそれもあるだろうし、
それに、実際に、誰かが死ぬわけではないのである。

あくまでもスクリーンの中での役なのだから、撮影が終わればちゃんと生きているわけだし、
自分たちが出演しているドラマでも映画でも見る事が出来るのだから。

しかし、それが、今、現実に愛奈の目の前で起きているのである。
しかも、雪子が、夏樹にそんな自分の想いや願いを伝えたわけでもない。

雪子が(私が死んだら誰もあなたの命を奪う権利がないのだからあなたは生きなければいけない)
とでも言って姿を消したのならまだ分かるが、雪子は、夏樹に何も伝えていないのである。

お母さんは自分の想いを何一つ伝えていないのに・・・それなのに・・・。
それなのに、夏樹さんは、そんなお母さんの想いも、そして、お母さんの願いも全部知っている。

それでも、お互いが一緒に暮らしているとか、
毎日のように会っている、毎日のように愛し合っているというのなら、
それも分からないわけでもない・・・だが、会っていないのである。

夏樹さんも、お母さんも、一年のうち数回しか会っていなかったって・・・
しかも、再会したのは、ほんの一年くらい前の出来事で、それまでの35年という長い年月、
二人は会ってもいないし、連絡さえ一度も取っていなかったというのに・・・それなのに。

「あの・・・」

「ん?な~に?冷たい人って言われて、どうして、あたしが嬉しいかって事?それとも、そこまで分かっていながら、どうして雪子を引き留めなかったかったかって事?」

「あっ・・・両方かも・・・です。はい」

「あははっ・・・やっぱり、愛奈ちゃんって可愛いんだわ!」

「いや~そう言われましても・・・じゃなくて」

「ふふっ、答えは、どちらも同じよ。あたしが冷たい人でなければ、雪子を守れないからなのよ」

「あの・・・それって、いったい」

「簡単な事よ。もし、あたしが、あやつを必死で引き留めたり説得したり、ついでに、一緒に生きて行こうなんて言ったら、あやつは喜んで自分の人生を終わらせるわよ。それは、あたしが生きようとしているのだから。だから、優しいあたしではあやつを守れないの。愛だの、恋だのでは、あやつの心には触れる事なんて出来ないのよ」

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