316 / 386
霞んでいく記憶
霞んでいく記憶・・・その16
しおりを挟む
どれくらいの時間が過ぎたのだろう・・・
おそらくは、ほんの数分なのだろうが、今の裕子には1時間にも2時間にも感じられた。
「あの・・・それで、夏樹さんは、そんな雪子の想いを・・・」
「おそらくは、知っておられるのでないかと・・・」
「それじゃ、夏樹さんが、愛奈ちゃんに繰り返し何度も自分を恨むようにと言っていたのは?」
「それには色々な意味が隠されていると思われます。その中で、2つの大きな意味があると思われますが、その1つには、愛奈様を気遣っての言葉かと」
「愛奈ちゃんを・・・」
「はい。裕子様も気がついていると思いますが、幸せな家庭を捨てるという事は、幸せな家族を捨てるという事になります。それは、そこで暮らしていた全てを否定しまう行為と同じなのです」
「確かに、それは分かります」
「きっと、愛奈様はこう思われたのではないかと。雪子様の瞳の中には、初めから自分は存在していなかったのかもしれないと・・・」
「ええ、確か、夏樹さんも同じような事を言ってました。夏樹さんもその事を否定していたのですが、愛奈ちゃんが、なかなか納得しないので思わず言っちゃったんです。自分が愛奈ちゃんの名付け親だって」
「夏樹様が、愛奈様の?」
「私も、数か月前に初めて聞いたので、その時は、正直、驚きましたけど」
「それで、愛奈様は?」
「それを知った時はちょっと驚いたみたいなのですが、愛奈ちゃんの名付けの親が夏樹さんだと知ったら、妙に納得しちゃったというか、雪子にとっての愛奈ちゃんが、どれほど大切な存在なのかが分かったみたいで・・・」
裕子は、愛奈が、雪子に愛されていたと知って安心していた事を話していたのだが、
それを聞いていたマスターの表情が少し曇ったように見えたので、そのわけを訊いてみた。
「あの・・・どうかしたんですか?」
裕子の問いかけに、マスターは言葉を探すかのように少しの間を置いてから言葉を口にする。
「夏樹様とい方は、とても恐ろしい方ですね」
「えっ・・・?あの・・・それは・・・」
「夏樹様は、人、一人の人生の、その全て奪い取ってしまう、とても恐ろしい人です」
「いえ・・・あの・・・」
「たとへ、この先、雪子様に最悪な事態が訪れたとしても、涙一粒も流さない。夏樹様は、そういう人です」
マスターのあまりに予想外な言葉に裕子は驚きを隠せなかった。
それって、夏樹さんが冷酷な人っていう事なの?
いくらなんでも、それは、ちょっとあり得ないと思う。
夏樹さんが優しすぎるというのなら分かるけど、どう考えても冷酷な人ではないはず。
「あの・・・マスター、それは、いったい、どういう事なのですか?」
「あっ、すみません、。ちょっと唐突過ぎましたね」
「ええ・・・ちょっと、どころでは・・・」
「ははは。これは、大変申し訳ない事を言ってしまいました」
「いえ、ただ、あまりに意外な言葉だったので、ちょっと・・・」
「私は、正直、言いまして、雪子様がとても羨ましいんです」
「えっ・・・?」
「もし雪子様が、夏樹様の命を望んだとしたら、夏樹様は、何一つためらう事なく雪子様の前に自分の命を差し出すのだと思います。裕子様は、そう思いませんか?」
「そう言われると、確かに、夏樹さんってそんな感じかもしれません」
「人は、いつしか、自分がこの世に生まれた意味を探し始めるものです。それでも、私も含めほとんどの人は、その意味を見つけられずに一生を終えてしまいます」
「ええ、確かに、そうかもしれません」
「きっと、雪子様は、ご自分がこの世に生まれてきた意味を知ったのでしょう。それゆえに、私は、雪子様がとても羨ましいと言いました」
「でも、それじゃ、雪子はどうして?」
裕子が、喫茶店のマスターと話をしている頃、夏樹は、いつものように冴子と手をつなぎながら、郵便局まで、お散歩がてら商品の発送に向かっていた。
お財布と小物が入ってる手提げバッグの中で、スマホが鳴ったので取り出して見ると、
呼び出し音を鳴らしているのは愛奈のようである。
「あら?愛奈ちゃん、どうしたの?」
「夏樹さん?もしかして、お母さん死んじゃうんですか?」
夏樹の優しい問いかけに答えないまま、愛奈は、少し弱弱しい声でそう呟いた。
おそらくは、ほんの数分なのだろうが、今の裕子には1時間にも2時間にも感じられた。
「あの・・・それで、夏樹さんは、そんな雪子の想いを・・・」
「おそらくは、知っておられるのでないかと・・・」
「それじゃ、夏樹さんが、愛奈ちゃんに繰り返し何度も自分を恨むようにと言っていたのは?」
「それには色々な意味が隠されていると思われます。その中で、2つの大きな意味があると思われますが、その1つには、愛奈様を気遣っての言葉かと」
「愛奈ちゃんを・・・」
「はい。裕子様も気がついていると思いますが、幸せな家庭を捨てるという事は、幸せな家族を捨てるという事になります。それは、そこで暮らしていた全てを否定しまう行為と同じなのです」
「確かに、それは分かります」
「きっと、愛奈様はこう思われたのではないかと。雪子様の瞳の中には、初めから自分は存在していなかったのかもしれないと・・・」
「ええ、確か、夏樹さんも同じような事を言ってました。夏樹さんもその事を否定していたのですが、愛奈ちゃんが、なかなか納得しないので思わず言っちゃったんです。自分が愛奈ちゃんの名付け親だって」
「夏樹様が、愛奈様の?」
「私も、数か月前に初めて聞いたので、その時は、正直、驚きましたけど」
「それで、愛奈様は?」
「それを知った時はちょっと驚いたみたいなのですが、愛奈ちゃんの名付けの親が夏樹さんだと知ったら、妙に納得しちゃったというか、雪子にとっての愛奈ちゃんが、どれほど大切な存在なのかが分かったみたいで・・・」
裕子は、愛奈が、雪子に愛されていたと知って安心していた事を話していたのだが、
それを聞いていたマスターの表情が少し曇ったように見えたので、そのわけを訊いてみた。
「あの・・・どうかしたんですか?」
裕子の問いかけに、マスターは言葉を探すかのように少しの間を置いてから言葉を口にする。
「夏樹様とい方は、とても恐ろしい方ですね」
「えっ・・・?あの・・・それは・・・」
「夏樹様は、人、一人の人生の、その全て奪い取ってしまう、とても恐ろしい人です」
「いえ・・・あの・・・」
「たとへ、この先、雪子様に最悪な事態が訪れたとしても、涙一粒も流さない。夏樹様は、そういう人です」
マスターのあまりに予想外な言葉に裕子は驚きを隠せなかった。
それって、夏樹さんが冷酷な人っていう事なの?
いくらなんでも、それは、ちょっとあり得ないと思う。
夏樹さんが優しすぎるというのなら分かるけど、どう考えても冷酷な人ではないはず。
「あの・・・マスター、それは、いったい、どういう事なのですか?」
「あっ、すみません、。ちょっと唐突過ぎましたね」
「ええ・・・ちょっと、どころでは・・・」
「ははは。これは、大変申し訳ない事を言ってしまいました」
「いえ、ただ、あまりに意外な言葉だったので、ちょっと・・・」
「私は、正直、言いまして、雪子様がとても羨ましいんです」
「えっ・・・?」
「もし雪子様が、夏樹様の命を望んだとしたら、夏樹様は、何一つためらう事なく雪子様の前に自分の命を差し出すのだと思います。裕子様は、そう思いませんか?」
「そう言われると、確かに、夏樹さんってそんな感じかもしれません」
「人は、いつしか、自分がこの世に生まれた意味を探し始めるものです。それでも、私も含めほとんどの人は、その意味を見つけられずに一生を終えてしまいます」
「ええ、確かに、そうかもしれません」
「きっと、雪子様は、ご自分がこの世に生まれてきた意味を知ったのでしょう。それゆえに、私は、雪子様がとても羨ましいと言いました」
「でも、それじゃ、雪子はどうして?」
裕子が、喫茶店のマスターと話をしている頃、夏樹は、いつものように冴子と手をつなぎながら、郵便局まで、お散歩がてら商品の発送に向かっていた。
お財布と小物が入ってる手提げバッグの中で、スマホが鳴ったので取り出して見ると、
呼び出し音を鳴らしているのは愛奈のようである。
「あら?愛奈ちゃん、どうしたの?」
「夏樹さん?もしかして、お母さん死んじゃうんですか?」
夏樹の優しい問いかけに答えないまま、愛奈は、少し弱弱しい声でそう呟いた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説


白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。



【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。
音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。
格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。
正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。
だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。
「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる