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霞んでいく記憶
霞んでいく記憶・・・その15
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「きっと、利用しない方だと思います」
「夏樹様にとって、お金という存在は、それほど意味をなさないのかもしれませんね」
「お金が意味をなさない?」
「芸術家に多い傾向かと思われますが、きっと、夏樹様にとって商売とは、ある種の芸術なのかもしれません」
「う~ん・・・難しいですね」
「ははは・・・お金というのは生きていくための手段の一つに過ぎないとでも申しましょうか。それでも、普通は生活をするためのお金を手に入れるだけでも、大変な苦労をするものなのですが、夏樹様にとっては造作もない事なのでしょう。絵描きでも小説家でも音楽家でも言える事なのですが、普通の人がピアノを上手に弾けるようになるだけでも、とても大変な苦労と時間を費やすものですが、天才と呼ばれる人たちにとっては、それは、いとも簡単に、まるで、ただの通過点のように駆け抜けてしまいます。そして、その先にある何かを見つめ、何かを求めようと。その先にあるものは技術ではなく、時に、それは愛であり心であり、そして自分の居場所だったり、どちらにしても、常人には理解出来ない域なのかもしれません」
「それじゃ、夏樹さんも?」
「おそらくは・・・。そして、夏樹様が求めている、その何かが、きっと雪子様には分かるのかもしれません」
「う~ん・・・それって、似た者同士みたいな感じなのでしょうか?」
「ははは・・・。昔、何かの本で読んだ事があるのですが、天才とはいつの世にも生まれてくるものである。ただ、その天才を見抜く人物がとても希少な存在であり、天才が、その希少な存在である天才を見抜く人物と出会える確率はそれ以上に希少なのである。ゆえに、その人物と出会う事で、その天才は、初めて世に知られる存在となり得るのである。これは、色々な表現の仕方があるみたいですが、私が出会ったその本にはそのように書かれておりました。きっと、夏樹様と雪子様の関係はそれに近いのかもしれませんね」
「夏樹さんが天才とすれば、それは、お互いがお互いを理解出来るのではなく、夏樹さんが雪子を理解出来るのでもなく、もしかして雪子の方が夏樹さんを理解出来るという事なのでしょうか?」
「私は、きっと、そうなのだと思います」
「なるほど、そう考えてみると、思い当たるところがけっこうありますね」
「特に、お互いの関係が終わって何十年も過ぎているのに、写真1枚を見ただけで、突然、会いに行ってしまうところなどはまさしく・・・なのかもしれません」
「言われてみれば、確かに・・・。でも、私は、今までその逆だとばかり思っていました。てっきり、夏樹さんの方が雪子を理解しているとばかり思っていたので。実際は、その逆で、雪子の方が夏樹さんを理解していたなんて正直ちょっと驚きです。ふふっ・・・、ちょっと、どころでもないかもしれませんね」
「裕子様だけではなく、私も、正直、驚いております」
「でも、夏樹さんや雪子が、その事に気がついているのでしょうか?」
「いえ、どちらも気がついていないと思います・・・しかし」
しかし・・・その言葉に、裕子は、さっきマスターが言葉を選んでいた時間へと戻るのかもしれないと感じた。
「一つ、訊いてもよろしいでしょうか?」
「あっ、はい・・・」
「裕子様が一番知りたい事は何ですか?」
一番知りたい事・・・不意に訊かれたわけでもない、訊かれるべきして訊かれた問いかけなのに。
余命宣告される瞬間のように、裕子にとって、それは、一番、知りたい答えであると同時に
一番、知りたくない答えなのかもしれない・・・それでも・・・
「私が、一番、知りたい事ですか・・・」
「はい、他の事は知らなくても、これだけは、どうしても知りたいと思うのは何ですか?」
裕子は、少し考えてから言葉を声にする。
「やっぱり、これだと思います。雪子が、夏樹さんに会いに行った後の自分を探さないで欲しいって言った言葉の意味です」
「やはり、そうですか。それで、裕子様は、雪子様の言ったその言葉の答えを知りたいですか?」
マスターの問いかけるように話す言葉に、
裕子は、雪子が残した言葉の意味が、扉の隙間から垣間見える部屋の中の風景のように、
閉じた瞳の中で浮かび上がるように見えてくるのを感じていた。
それは、裕子が一番恐れている雪子の選ぶ選択肢であり、一番考えたくないと願った結末である。
裕子は、何かにすがりつく事をあきらめたかのように力なく言葉を返す。
「命の天秤・・・なのですね?」
「それが、雪子様が選んだ未来なのかもしれません」
・・・裕子の言葉に、マスターは静かに答えた。
裕子は、過ぎたばかりの今から逃げるように、窓の外へと視線を移していく。
どうして、冬だというのに雪が降らないのかしら?
雪が降らなければ雪子の名前は・・・
雪子の名前は、雪の子なのだから、雪が降らないと雪子が迷子になってしまう・・・。
雪が降らないと、雪子は居場所を見失ってしまう、雪が降らなければ・・・。
裕子は、心の中で呟くように意味のない言葉を探していた。
「夏樹様にとって、お金という存在は、それほど意味をなさないのかもしれませんね」
「お金が意味をなさない?」
「芸術家に多い傾向かと思われますが、きっと、夏樹様にとって商売とは、ある種の芸術なのかもしれません」
「う~ん・・・難しいですね」
「ははは・・・お金というのは生きていくための手段の一つに過ぎないとでも申しましょうか。それでも、普通は生活をするためのお金を手に入れるだけでも、大変な苦労をするものなのですが、夏樹様にとっては造作もない事なのでしょう。絵描きでも小説家でも音楽家でも言える事なのですが、普通の人がピアノを上手に弾けるようになるだけでも、とても大変な苦労と時間を費やすものですが、天才と呼ばれる人たちにとっては、それは、いとも簡単に、まるで、ただの通過点のように駆け抜けてしまいます。そして、その先にある何かを見つめ、何かを求めようと。その先にあるものは技術ではなく、時に、それは愛であり心であり、そして自分の居場所だったり、どちらにしても、常人には理解出来ない域なのかもしれません」
「それじゃ、夏樹さんも?」
「おそらくは・・・。そして、夏樹様が求めている、その何かが、きっと雪子様には分かるのかもしれません」
「う~ん・・・それって、似た者同士みたいな感じなのでしょうか?」
「ははは・・・。昔、何かの本で読んだ事があるのですが、天才とはいつの世にも生まれてくるものである。ただ、その天才を見抜く人物がとても希少な存在であり、天才が、その希少な存在である天才を見抜く人物と出会える確率はそれ以上に希少なのである。ゆえに、その人物と出会う事で、その天才は、初めて世に知られる存在となり得るのである。これは、色々な表現の仕方があるみたいですが、私が出会ったその本にはそのように書かれておりました。きっと、夏樹様と雪子様の関係はそれに近いのかもしれませんね」
「夏樹さんが天才とすれば、それは、お互いがお互いを理解出来るのではなく、夏樹さんが雪子を理解出来るのでもなく、もしかして雪子の方が夏樹さんを理解出来るという事なのでしょうか?」
「私は、きっと、そうなのだと思います」
「なるほど、そう考えてみると、思い当たるところがけっこうありますね」
「特に、お互いの関係が終わって何十年も過ぎているのに、写真1枚を見ただけで、突然、会いに行ってしまうところなどはまさしく・・・なのかもしれません」
「言われてみれば、確かに・・・。でも、私は、今までその逆だとばかり思っていました。てっきり、夏樹さんの方が雪子を理解しているとばかり思っていたので。実際は、その逆で、雪子の方が夏樹さんを理解していたなんて正直ちょっと驚きです。ふふっ・・・、ちょっと、どころでもないかもしれませんね」
「裕子様だけではなく、私も、正直、驚いております」
「でも、夏樹さんや雪子が、その事に気がついているのでしょうか?」
「いえ、どちらも気がついていないと思います・・・しかし」
しかし・・・その言葉に、裕子は、さっきマスターが言葉を選んでいた時間へと戻るのかもしれないと感じた。
「一つ、訊いてもよろしいでしょうか?」
「あっ、はい・・・」
「裕子様が一番知りたい事は何ですか?」
一番知りたい事・・・不意に訊かれたわけでもない、訊かれるべきして訊かれた問いかけなのに。
余命宣告される瞬間のように、裕子にとって、それは、一番、知りたい答えであると同時に
一番、知りたくない答えなのかもしれない・・・それでも・・・
「私が、一番、知りたい事ですか・・・」
「はい、他の事は知らなくても、これだけは、どうしても知りたいと思うのは何ですか?」
裕子は、少し考えてから言葉を声にする。
「やっぱり、これだと思います。雪子が、夏樹さんに会いに行った後の自分を探さないで欲しいって言った言葉の意味です」
「やはり、そうですか。それで、裕子様は、雪子様の言ったその言葉の答えを知りたいですか?」
マスターの問いかけるように話す言葉に、
裕子は、雪子が残した言葉の意味が、扉の隙間から垣間見える部屋の中の風景のように、
閉じた瞳の中で浮かび上がるように見えてくるのを感じていた。
それは、裕子が一番恐れている雪子の選ぶ選択肢であり、一番考えたくないと願った結末である。
裕子は、何かにすがりつく事をあきらめたかのように力なく言葉を返す。
「命の天秤・・・なのですね?」
「それが、雪子様が選んだ未来なのかもしれません」
・・・裕子の言葉に、マスターは静かに答えた。
裕子は、過ぎたばかりの今から逃げるように、窓の外へと視線を移していく。
どうして、冬だというのに雪が降らないのかしら?
雪が降らなければ雪子の名前は・・・
雪子の名前は、雪の子なのだから、雪が降らないと雪子が迷子になってしまう・・・。
雪が降らないと、雪子は居場所を見失ってしまう、雪が降らなければ・・・。
裕子は、心の中で呟くように意味のない言葉を探していた。
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