愛して欲しいと言えたなら

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霞んでいく記憶

霞んでいく記憶・・・その10

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「あっ、ごめんなさい!間違えました!いえ、間違ってはいないんですけど、間違ってしまいました」

「ん・・・?」

「あ、あ、あのですね、京子のお見舞いに行こうと思ってボタンを押したんです」

「あい・・・?」

「いえ、あの、で、ありまして、間違ってはいないんですけど、ボタンが勝手にといいますか、勝手にボタンがといいますか・・・」

「で・・・?」

「う~ん・・・どうしましょ?」

「あははっ、相変わらず、面白いわね!」

「いや~、へへへっ・・・」

「で、京子が、どうかしたの?」

「えっ?どうして、京子が怪我をしたのを知ってるんですか?」

「怪我・・・?」

「あっ、えっ・・・?」

「ちょっと、落ち着きなさいな。さっきから、話が見えないわよ」

「あっ、はいそうですた!・・・ははは」

「あら、また出たわね。そうですた!が。ふふっ」

「いや~ははは。はい!私は、直美です!」

「それは知ってるわよ」

「あっ、そうですた・・・あっ、また言っちゃった」

「あははっ。あんたって、ほんと可愛いんだから。で、京子がどうかしたの?」

「あっ、はい。実は、一週間くらい前に家を出て、すぐに木に向かって自爆したんです」

「自爆・・・?」

「それで、とりあえず、誰にも被害はなかったのですが、木がちょっと凹んでしまったというか」

「京子が、木にぶつかったの?」

「あっ、はい。あっ、いえ、あの、違うくて、京子ではなくて車の方なんですけど、はい。それで、腕を骨折して入院する事になったんです」

「京子が車を運転していて木にぶつかったわけね、それで、あたしに連絡をくれたの?」

「あっ、はい、いえ、違うんです、それとは、ちょっと違うみたいなんです」

「違うみたいって、誰が、違うみたいなの?」

「あっ、私なんですけど・・・はい」

直美は、さっき、省吾と会って話した内容を夏樹に話してみた。
とはいっても、会話の前後が行ったり来たりするものだから、
普通に話しているつもりの内容も、それに合わせて前後に動き回ってしまうので、
深刻な内容のはずの出来事が、どこかコメディっぽく変換されていくのである。

「でも、省吾君って、お母さん思いなんですね?」

「ふん、違うわよ!」

「あっ、速攻で否定しちゃうんですか?」

「ん?・・・ダメだったかしら?」

「いえ、そうじゃないんですけど、ちょっと意外かなって?」

「意外でもなんでもないわよ。まあ、中卒の現実が、少しは身に染みたんじゃないかしら」

「それと否定と、どう関係があるんですか?」

「あんたって、どこまで可愛いのよ」

「えっ?いや~・・・じゃなくてですね」

「まあ、息子からしたら、京子の怪我を餌にってとこじゃないかしら?」

「京子の怪我を餌にって言われましても・・・」

「まあね、あんまり、いい言い方じゃないけど、意味は同じだから」

「いえ、あの・・・そう言われましても、私にはちょっと」

「あははっ、簡単に言うとね、中卒が成り上がるには、自分で何かをしなくちゃ成り上がれないって現実に、やっと気がついたって事なのよ」

「それで、自分で何か商売をって考え始めたんですね」

「まあ、そんなとこじゃないかしら?」

「でも、それと京子の怪我と、どう関係があるんですか?」

「息子は、あたしの性格をよく知ってるって事かしら?」

「夏樹さんの性格・・・ですか?」

「そう、あたしは人情に弱いってね」

「でも、それと京子の怪我と・・・あっ、もしかして、夏樹さんが京子の事を心配して、省吾君に力を貸してくれるかもって思ったって事ですか?」

「今は昔とは違うから、中卒では、朝から晩まで働いたって独立資金なんて夢のまた夢だからね。何よりも、高卒や大卒と比べても、学力や知識が全然追いつかないわけだし。それに、朝から晩まで働いて何とかお金を貯めたって、そもそも、働くのに時間を使い過ぎちゃうわけだから、事業のノウハウを学ぶ時間もないときちゃったらどうすんのよ?って、なるじゃない?」

「う~ん・・・確かに」

「そこで出てきたのが京子の事故。息子は、もし、自分が商売でもしていたなら、今回のような事故で京子が怪我をしても、自分がそばにいられるから何かと京子の力にもなってあげれるのにって、あたしの弱点である人情をグリグリしたいんじゃないかしら?」

「それじゃ、省吾君が、私に相談したかった事って・・・?」

「そう、あたしに、そのお金を都合して欲しいって遠回しに言ってるのよ」

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