愛して欲しいと言えたなら

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霞んでいく記憶

霞んでいく記憶・・・その1

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「愛奈ちゃんは、お母さんの寂しさに気がつかないまま日々を過ごしていた愛奈ちゃん自身を許せないから、お母さんを引き留めたくても、それさえも出来ないでいる今の自分が悔しいんでしょ?」

愛奈は、自分の心の中を言い当てられた、誰にも言えないと隠していた悲しみの後悔。
そして、自分自身を責めてしまう言葉は、そのまま刃となって母親を傷つけてしまう怖さ。
だから、愛奈は、この先も、ずっと母親を憎む言葉を言ってはいけないと心に決めていた。

愛奈が母親を憎む言葉を言えば、
それはそのまま何も出来なかった自分への諸刃の言葉となってしまうから。

そして、もし、母親がそれを知ってしまったなら、気持ちの優しい母親の事だから、
きっと、自分の幸せよりも、愛奈の気持ちを一番に考えてしまうかもしれない。
もし、そうなってしまったらどうしよう・・・。

愛奈は、自分の言葉が、母親が選んだ未来を諦めさせてしまうかもしれないと思うと、
この先、もしかしたら母親を憎んでしまうかもしれないとは、どうしても言えなかったのである。

「もし愛奈ちゃんがお母さんを憎んでしまうと、その先に待っているのはお母さんのために何も出来なかった自分自身を許せない後悔の日々であり、それは同時に家族の元から姿を消したお母さんにとって自分はいったい何だったのだろう・・・そんな、空っぽの時間」

「・・・」

「そして、お母さんが望んでいた幸せは、愛奈ちゃんたちと暮らす家庭にはなかったのかもしれない、そんな抜け殻のような年月を過ごした時間の中にあるお母さんとの思い出って、いったい・・でしょ?」

的確に言い当てる夏樹の言葉は、聞いている愛奈を責めるわけでなく、
かといって、過ぎ去った現実を言い聞かせるように話すわけでもなく、
まるで、愛奈の過ごしてきた記憶の部屋を整理するように優しく語り掛けていく。

「そう言えば、さっき、愛奈ちゃんは、雪子は何も望まなかったって言ってたわよね?」

「はい・・・」

「雪子はね、何も望まなかったんじゃないわよ?ちゃんとあったのよ?雪子が望んだ全てが。雪子のすぐ近くに・・・。それは、愛奈ちゃんであり、翔太君なのよ」

「でも・・・」

「愛奈ちゃんの名付け親のあたしが言ってるんだから間違いないわよ!」

「えっ?えええ===っ?」

あちゃー、言っちゃった・・・。
さっき、愛奈ちゃんの名前の由来は、雪子から聞きなさいって言ったばっかりなのに。

「そういえば愛奈ちゃん?ここのアトリエの名前って何だったっけ?」

「えっと・・・確かアトリエ愛里・・・あああ===っ!それって、もしかして?」

「そうよ・・・。んもう~!愛奈ちゃんらしくないわね!」

「そうは言われましても・・・あれ、それじゃ翔太の名前は?」

「それは、あやつが名付け親ね。ただ、あたしが言ってたのは大空に羽ばたくような名前がいいな~って感じかしら?」

「それじゃ、翔太の名前も、きっかけは夏樹さんだったんですね!」

「まあ、そういう事になるかしらね」

「う~ん・・・何となく、とっても複雑な気持ちです」

「それは、あたしも同じだったわよ」

「夏樹さんも・・・ですか?」

「そうよ。最初に、愛奈ちゃんの名前を知った時には、何とも訳せない気持ちになったわよ」

「ははっ・・・面白い例えですね!」

「とりあえず、あやつの思考回路を理解するのは難しいと思うから、急がないでこのカメさんみたいに、のんびり、あやつの想いに触れてみるといいわ」

夏樹はテーブルの上のカメのぬいぐるみを両手で抱えるように持ちながら、
愛奈の前にそっと置いてあげた。

「えっ?あれ?このカメさんって、いつ来たんですか?」

「さあね・・・。このカメさんって一応これでも忍者のつもりらしいから、きっと、霧隠れの術でも使ったんじゃないかしら?」

「カメさんの忍者ですか・・・」

「たとえ迷いながらでも、そのためにどれだけの時間がかかろうとも、決して諦める事なく我が道を行く・・・それが、カメ忍道らしいわよ」

「カメ忍道って・・・あの」

「知らないけど、このカメさんがそう言うのよ」

「このカメさんが・・・ですか?」

「そうよ・・・。きっと、愛奈ちゃんにのんびり行こうよって、そう言いたくて霧隠れの術でテーブルの上に出てきたんじゃないかしら?・・・って、あんた?どうやってテーブルの上に上がってきたのよ?」

真面目な顔でカメのぬいぐるみに訊いている夏樹に、愛奈は可笑しくて笑ってしまう。

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