愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

文字の大きさ
上 下
299 / 386
伝わらない想い

伝わらない想い・・・その19

しおりを挟む
「まあね、あやつの父親はお堅い仕事だったからね、だから尚更だったみたいね」

「私は、もし、夏樹さんとの仲で障害になるとしたら、母親の方だとばかり思っていたから、雪子が、父親の事を憎んでいたって知った時には、ちょっと信じられなかったわ」

「あやつの母親って、ちょっと水商売に近い感じだったから、どちらかっていうと父親よりも世の中を知っていたはずよ。母親の方は、あたしとの仲を応援していたみたいだったから」

「そうだったの?」

「そうよ。父親の方は、性格も堅いから型一辺倒にしか世の中を見れなかったんだと思うわ。でもね、父親ってそういうもんじゃないかしら?そうじゃなくても、普通の職場に勤めている父親なら、自分の娘が付き合ってる男の父親がやくざと関係しているって知ったら、反対するのが普通よ」

「でも、それだけの理由で、あんなにも父親の事を憎むものなの?」

「さあね、他にも何かあったのかもしれないわね。あやつって、そういう事は言わないから」

「よね?雪子の、あの憎みようって、尋常じゃないもの」

「だから、あたしと別れたあやつには、もう帰るところがなかったの・・・。それは、あたしも同じ。でも、若さなのかしらね?振り返らないで歩き出そうとしてしまうのって」

「夏樹さんも、そうだったの?」

「待っていたいはずなのに、きっと、もう一度愛し合える日が来ると分かっていても、そう信じて疑わない未来が怖かったのかもしれない。手を伸ばせば、そこにあやつがいたはずなのに、抱きしめれば取り戻せたはずなのに、あの頃のあたしには、それを伝える術を探せなかった・・・。そして、あたしは、あたしが歩き出さなければ、あやつはいつまでも歩き出せないのかもしれない。その想いが、後戻り出来ない未来に手を出してしまったの・・・後悔する事さえ許されない未来だって知っていたはずなのに」

「それが、京子さんなのね?」

「触れなければ知らずに済んだはずの誰もが持っている心の孤独。触れてしまえば、戻れなくなる心の弱さと、そこから生まれる偽善者の心を、否定しようとする身勝手な感情が、あるはずのない愛を見つけてしまった時、伝えたかった想いが、伝わらない想いへと、姿を変えていくの」

裕子は、今まで、決して自分の心を見せなかった夏樹の言葉に嬉しさを感じていた。
そして、それと同時に(なぜ話すの?)、そんな疑問符も浮かんでしまう。

「あやつの事だけ話すのは、不公平でしょ?」

「えっ、どうして分かったの?」

「な~に?裕子が、何を考えていたかって事?」

「そうよ・・・だって、私は、何も言ってないのよ?」

「んなの、あんたの顔を見てれば分かるわよ。それに、愛奈ちゃんだって知りたいはずよ」

そう言いながら愛奈の方へ視線を移すと、このまま話を聞いていていいのか分からない、
でも、偶然、聞こえてきた話し声に、知らず知らずのうちに聞き耳を立ててしまう。
そんなお茶目な罪悪感に戸惑っている瞳の愛奈が、変な照れ笑みを浮かべている。

「愛奈ちゃん?驚いたでしょ?」

「はい・・・。まさか、夏樹さんから昔のお話を聞く事になるなんて思ってもみなかったので・・・それに・・・」

「あやつと別れた頃の、あたしの心の中にあった想いを聞くとは思わなかったから?」

「はい・・・それに、お母さんの事も」

「そうね。きっと、それについては裕子も愛奈ちゃんと同じ事を思ってるはずよ。でしょ、裕子?」

「ええ・・・私も、まさか、夏樹さんから聞かされるとは思ってもいなかったわ」

「この先、誰に何を知られてもかまわない、自分の過去を、想いを隠したくない。いえ、隠してはいけない。たとへ、それが人の心を傷つける結果になったとしても・・・。それが、雪子なの。そして、それが、雪子が家庭を捨てた覚悟であり、怖さなのよ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...