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生きている矛盾
生きている矛盾・・・その20
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雪子が、いなくなった・・・?
「ちょっと愛奈ちゃん?どういう事なの?」
「それが、家に帰ってみたらリビングのテーブルの上に・・・」
「テーブルの上に・・・?」
「はい、白い封筒が置いてあって、封筒の中を見たら離婚届が入ってたんです」
ちょっと、雪子?
というか・・・そうくるわけ?
「離婚届・・・?」
「はい、お母さんの名前と判子が押してあって・・・それで・・・」
「その事を、お父さんには知らせたの?」
「いえ・・・お父さんはまだ仕事中だし、それで、どうしたらいいのか分からなくて」
「それで、私に連絡をくれたのね」
「はい・・・」
裕子は、スマホのマイク部分を手で隠すようにしながらマスターの方に視線を移した。
愛奈同様、慌てている裕子とは対照的に、
落ち着いた様子で右手で少しの間スマホをそのままにという指示をするマスターに従うように、
裕子はスマホを両手で覆うような仕草を見せる。
「雪子様が、家をお出になられたのですね?」
「はい・・・離婚届を残していなくなったみたいなんです」
「それでは、今は、裕子様が愛奈様のおそばにおられるのがよろしいかと・・・」
「でも、雪子が・・・」
「裕子様には、雪子様の行き先がおわかりかと・・・」
「夏樹さん・・・」
「はい、私もそう思います。ですので、今、心配しなければならないのは、残された愛奈様たちの方かと」
「でも、いったい、なんて言ったらいいのか・・・」
「まずは、お電話の向こう側でご心配なされておりますので、すぐに愛奈様に会いに行くからとお返事をされるのがよろしいかと」
「あっ、はい・・・」
裕子は、すぐにスマホを耳に当てて、愛奈にすぐに行くからと伝えてから通話を終えた。
「雪子ったら、私に何も言わないでいなくなるなんて・・・」
マスターは、裕子の言葉に何も答えずに、
次の言葉を待つような仕草でコーヒーを口にする。
「でも、まさか、離婚届を置いていなくなるなんて思ってもみませんでした。家を出るなら出るで、せめて旦那さんとは話をしてからだとばかり思っていたのに・・・雪子らしくないというか、いったい、どうして・・・」
裕子が言葉を口にするのを待ってから、マスターは静かに言葉を口にした。
「対価の罪・・・を、選んだのではないでしょうか?」
「対価の罪・・・?」
「はい、雪子様らしい選択かと・・・」
「いえ、雪子は、どちらかというと・・・」
「だからなのです・・・。みずから卑怯者と呼ばれる方をお選びになられたのは、雪子様の決意のひとつかと」
「でも・・・」
「誰かを本気で助けたいと願うなら、対価の罪に手を染めなければならないときがあります」
「ごめんなさい。私、少し頭が混乱しているみたいで難しい話はちょっと・・・。というより、前からかも・・・。でも、雪子が、そうやって自分を追い詰めるような事をしたとしても、はたして肝心の夏樹さんが雪子を受け入れるのでしょうか?」
「受け入れて欲しいから・・・では、ないでしょうか?」
「でも・・・」
「石橋は叩いても渡らない程の慎重な警戒心でも、時として切れそうな吊り橋でも走って渡らなければならない時がある」
「あっ、その言葉?マスターも知っているんですか?」
「はい・・・私の好きな言葉のひとつなんです」
「そういえば、確か、その言葉には続きがあるんですよね?」
「はい、この言葉の続きは、(そして、決して立ち止まってはならない、なぜなら、走り抜けようとする足元からその吊り橋は消えていくのだから・・・。)でも、この言葉の原文は私も分からないんですよ。言い伝えられていくうちに、受け止め方も人それぞれになってるようです」
「実は、夏樹さんも、その言葉を知っているみたいなんです」
「そうでしたか・・・。この言葉は、まるで攻撃型背水の陣のような例えなのかもしれませんね」
「う~ん・・・やっぱり、私には少し難しいみたいです」
「ははは・・・。突然、雪子様がいなくなった知らせを聞いたからだと思いますので、近いうちに、また、いらして下さい。その時、ゆっくりお話をしましょう」
「はい、そう言って頂けると、とても助かります」
「それから、今の、裕子様に伝えなければならない、最後のキーワードがあります」
「今の、私に・・・ですか?」
「はい。おそらく、この最後のキーワードが、雪子様の全てを語っているのだと思われるのです」
「雪子の全て・・・?それで、その最後のキーワードというのは、どんな事なのでしょうか?」
マスターの優しく微笑んでいる表情の中に、淡く漂う何かを見据える悲しげな視線が、
最後のキーワードの行く末を暗示するかのように言葉静かに裕子に告げる。
「昨日、雪子様が、その柱時計の中に隠しておりました指輪を持って行かれました」
「指輪を・・・雪子が・・・?」
「はい、そして、そこから導き出される雪子様の答えは、(生きている矛盾)なのではないかと」
(生きている矛盾)・・・雪子の突然の逃亡劇に戸惑う感情の中にいても、
その言葉が、隠し続けてきた雪子の心を映し出しているのだと、裕子にも分かるのであった。
「ちょっと愛奈ちゃん?どういう事なの?」
「それが、家に帰ってみたらリビングのテーブルの上に・・・」
「テーブルの上に・・・?」
「はい、白い封筒が置いてあって、封筒の中を見たら離婚届が入ってたんです」
ちょっと、雪子?
というか・・・そうくるわけ?
「離婚届・・・?」
「はい、お母さんの名前と判子が押してあって・・・それで・・・」
「その事を、お父さんには知らせたの?」
「いえ・・・お父さんはまだ仕事中だし、それで、どうしたらいいのか分からなくて」
「それで、私に連絡をくれたのね」
「はい・・・」
裕子は、スマホのマイク部分を手で隠すようにしながらマスターの方に視線を移した。
愛奈同様、慌てている裕子とは対照的に、
落ち着いた様子で右手で少しの間スマホをそのままにという指示をするマスターに従うように、
裕子はスマホを両手で覆うような仕草を見せる。
「雪子様が、家をお出になられたのですね?」
「はい・・・離婚届を残していなくなったみたいなんです」
「それでは、今は、裕子様が愛奈様のおそばにおられるのがよろしいかと・・・」
「でも、雪子が・・・」
「裕子様には、雪子様の行き先がおわかりかと・・・」
「夏樹さん・・・」
「はい、私もそう思います。ですので、今、心配しなければならないのは、残された愛奈様たちの方かと」
「でも、いったい、なんて言ったらいいのか・・・」
「まずは、お電話の向こう側でご心配なされておりますので、すぐに愛奈様に会いに行くからとお返事をされるのがよろしいかと」
「あっ、はい・・・」
裕子は、すぐにスマホを耳に当てて、愛奈にすぐに行くからと伝えてから通話を終えた。
「雪子ったら、私に何も言わないでいなくなるなんて・・・」
マスターは、裕子の言葉に何も答えずに、
次の言葉を待つような仕草でコーヒーを口にする。
「でも、まさか、離婚届を置いていなくなるなんて思ってもみませんでした。家を出るなら出るで、せめて旦那さんとは話をしてからだとばかり思っていたのに・・・雪子らしくないというか、いったい、どうして・・・」
裕子が言葉を口にするのを待ってから、マスターは静かに言葉を口にした。
「対価の罪・・・を、選んだのではないでしょうか?」
「対価の罪・・・?」
「はい、雪子様らしい選択かと・・・」
「いえ、雪子は、どちらかというと・・・」
「だからなのです・・・。みずから卑怯者と呼ばれる方をお選びになられたのは、雪子様の決意のひとつかと」
「でも・・・」
「誰かを本気で助けたいと願うなら、対価の罪に手を染めなければならないときがあります」
「ごめんなさい。私、少し頭が混乱しているみたいで難しい話はちょっと・・・。というより、前からかも・・・。でも、雪子が、そうやって自分を追い詰めるような事をしたとしても、はたして肝心の夏樹さんが雪子を受け入れるのでしょうか?」
「受け入れて欲しいから・・・では、ないでしょうか?」
「でも・・・」
「石橋は叩いても渡らない程の慎重な警戒心でも、時として切れそうな吊り橋でも走って渡らなければならない時がある」
「あっ、その言葉?マスターも知っているんですか?」
「はい・・・私の好きな言葉のひとつなんです」
「そういえば、確か、その言葉には続きがあるんですよね?」
「はい、この言葉の続きは、(そして、決して立ち止まってはならない、なぜなら、走り抜けようとする足元からその吊り橋は消えていくのだから・・・。)でも、この言葉の原文は私も分からないんですよ。言い伝えられていくうちに、受け止め方も人それぞれになってるようです」
「実は、夏樹さんも、その言葉を知っているみたいなんです」
「そうでしたか・・・。この言葉は、まるで攻撃型背水の陣のような例えなのかもしれませんね」
「う~ん・・・やっぱり、私には少し難しいみたいです」
「ははは・・・。突然、雪子様がいなくなった知らせを聞いたからだと思いますので、近いうちに、また、いらして下さい。その時、ゆっくりお話をしましょう」
「はい、そう言って頂けると、とても助かります」
「それから、今の、裕子様に伝えなければならない、最後のキーワードがあります」
「今の、私に・・・ですか?」
「はい。おそらく、この最後のキーワードが、雪子様の全てを語っているのだと思われるのです」
「雪子の全て・・・?それで、その最後のキーワードというのは、どんな事なのでしょうか?」
マスターの優しく微笑んでいる表情の中に、淡く漂う何かを見据える悲しげな視線が、
最後のキーワードの行く末を暗示するかのように言葉静かに裕子に告げる。
「昨日、雪子様が、その柱時計の中に隠しておりました指輪を持って行かれました」
「指輪を・・・雪子が・・・?」
「はい、そして、そこから導き出される雪子様の答えは、(生きている矛盾)なのではないかと」
(生きている矛盾)・・・雪子の突然の逃亡劇に戸惑う感情の中にいても、
その言葉が、隠し続けてきた雪子の心を映し出しているのだと、裕子にも分かるのであった。
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