愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

文字の大きさ
上 下
240 / 386
生きている矛盾

生きている矛盾・・・その20

しおりを挟む
雪子が、いなくなった・・・?

「ちょっと愛奈ちゃん?どういう事なの?」

「それが、家に帰ってみたらリビングのテーブルの上に・・・」

「テーブルの上に・・・?」

「はい、白い封筒が置いてあって、封筒の中を見たら離婚届が入ってたんです」

ちょっと、雪子?
というか・・・そうくるわけ?

「離婚届・・・?」

「はい、お母さんの名前と判子が押してあって・・・それで・・・」

「その事を、お父さんには知らせたの?」

「いえ・・・お父さんはまだ仕事中だし、それで、どうしたらいいのか分からなくて」

「それで、私に連絡をくれたのね」

「はい・・・」

裕子は、スマホのマイク部分を手で隠すようにしながらマスターの方に視線を移した。
愛奈同様、慌てている裕子とは対照的に、
落ち着いた様子で右手で少しの間スマホをそのままにという指示をするマスターに従うように、
裕子はスマホを両手で覆うような仕草を見せる。

「雪子様が、家をお出になられたのですね?」

「はい・・・離婚届を残していなくなったみたいなんです」

「それでは、今は、裕子様が愛奈様のおそばにおられるのがよろしいかと・・・」

「でも、雪子が・・・」

「裕子様には、雪子様の行き先がおわかりかと・・・」

「夏樹さん・・・」

「はい、私もそう思います。ですので、今、心配しなければならないのは、残された愛奈様たちの方かと」

「でも、いったい、なんて言ったらいいのか・・・」

「まずは、お電話の向こう側でご心配なされておりますので、すぐに愛奈様に会いに行くからとお返事をされるのがよろしいかと」

「あっ、はい・・・」

裕子は、すぐにスマホを耳に当てて、愛奈にすぐに行くからと伝えてから通話を終えた。

「雪子ったら、私に何も言わないでいなくなるなんて・・・」

マスターは、裕子の言葉に何も答えずに、
次の言葉を待つような仕草でコーヒーを口にする。

「でも、まさか、離婚届を置いていなくなるなんて思ってもみませんでした。家を出るなら出るで、せめて旦那さんとは話をしてからだとばかり思っていたのに・・・雪子らしくないというか、いったい、どうして・・・」

裕子が言葉を口にするのを待ってから、マスターは静かに言葉を口にした。

「対価の罪・・・を、選んだのではないでしょうか?」

「対価の罪・・・?」

「はい、雪子様らしい選択かと・・・」

「いえ、雪子は、どちらかというと・・・」

「だからなのです・・・。みずから卑怯者と呼ばれる方をお選びになられたのは、雪子様の決意のひとつかと」

「でも・・・」

「誰かを本気で助けたいと願うなら、対価の罪に手を染めなければならないときがあります」

「ごめんなさい。私、少し頭が混乱しているみたいで難しい話はちょっと・・・。というより、前からかも・・・。でも、雪子が、そうやって自分を追い詰めるような事をしたとしても、はたして肝心の夏樹さんが雪子を受け入れるのでしょうか?」

「受け入れて欲しいから・・・では、ないでしょうか?」

「でも・・・」

「石橋は叩いても渡らない程の慎重な警戒心でも、時として切れそうな吊り橋でも走って渡らなければならない時がある」

「あっ、その言葉?マスターも知っているんですか?」

「はい・・・私の好きな言葉のひとつなんです」

「そういえば、確か、その言葉には続きがあるんですよね?」

「はい、この言葉の続きは、(そして、決して立ち止まってはならない、なぜなら、走り抜けようとする足元からその吊り橋は消えていくのだから・・・。)でも、この言葉の原文は私も分からないんですよ。言い伝えられていくうちに、受け止め方も人それぞれになってるようです」

「実は、夏樹さんも、その言葉を知っているみたいなんです」

「そうでしたか・・・。この言葉は、まるで攻撃型背水の陣のような例えなのかもしれませんね」

「う~ん・・・やっぱり、私には少し難しいみたいです」

「ははは・・・。突然、雪子様がいなくなった知らせを聞いたからだと思いますので、近いうちに、また、いらして下さい。その時、ゆっくりお話をしましょう」

「はい、そう言って頂けると、とても助かります」

「それから、今の、裕子様に伝えなければならない、最後のキーワードがあります」

「今の、私に・・・ですか?」

「はい。おそらく、この最後のキーワードが、雪子様の全てを語っているのだと思われるのです」

「雪子の全て・・・?それで、その最後のキーワードというのは、どんな事なのでしょうか?」

マスターの優しく微笑んでいる表情の中に、淡く漂う何かを見据える悲しげな視線が、
最後のキーワードの行く末を暗示するかのように言葉静かに裕子に告げる。

「昨日、雪子様が、その柱時計の中に隠しておりました指輪を持って行かれました」

「指輪を・・・雪子が・・・?」

「はい、そして、そこから導き出される雪子様の答えは、(生きている矛盾)なのではないかと」

(生きている矛盾)・・・雪子の突然の逃亡劇に戸惑う感情の中にいても、
その言葉が、隠し続けてきた雪子の心を映し出しているのだと、裕子にも分かるのであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...