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生きている矛盾
生きている矛盾・・・その17
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さっき、マスターが、夏樹さんの目は生きることに疲れた寂しい瞳だと言っていたけど、
実際に夏樹さんに会った印象では、全然そんな風には感じられなかったような。
「あの・・・私も、何回か夏樹さんとは会ったんですが、いたって元気だったというか、女性としての生き方を楽しんでいるように見えたのですが、雪子と私では何が違うのでしょうか?」
煙草の箱から一本取り出そうとしながら取り出すのをやめると、
途中まで見えていた煙草を、また箱の中にそっと押し戻すように入れながら。
「頑張って生きたね・・・ですかね」
「えっ・・・」
「雪子様のこの言葉は、普通では出てこない言葉、というより、普通なら考えも及ばないような言葉ではないかと私は思うのです」
「確かに、私もそう思います」
「まるで80過ぎの母親が、都会から疲れて帰って来た息子にかける言葉といいましょうか。もっと違う意味で言えば、余命宣告されて病と戦って息を引き取った大切な人へ褒めてあげる言葉のように、大切な人を失った自分の悲しみよりも先に、大切な人に伝えてあげたい言葉・・・。私にはそのように聞こえてしまいます」
「でも、それって・・・」
「たとへ、幾年月離れていたとしても、雪子様の心が、夏樹様という方の心と縺れ合うように生きてきたからこその言葉かと。きっと、雪子様は誰よりも夏樹様という方の生き方を知っているのではないでしょうか」
「夏樹さんにとっての雪子って、いったい、どういう存在なのでしょうか?」
「きっと、その答えは、夏樹様自身も分からないのではないかと思います」
「いったい、夏樹さんって、どんな人生を送ってきたのかしら?」
「そういえば、裕子様も、雪子様と同様に夏樹様とは、30年以上も離れて暮らしていたんでしたね」
「はい、でも、地元の友達からちょいちょい情報は入ってはきていたんですけどね」
「そうでしたか」
「なんでも、結婚する相手を間違えたから、あんな風になったんだとかって友達は言っていました」
「あんな風にとは?」
「なんでも、事業で多額の借金を背負ってしまったとかって話です」
「それでは離婚の原因というは」
「ええ、夏樹さんの借金が原因らしいです」
「そうでしたか、でも、それと結婚した奥様とはどういう関係なのですか?」
「と、言いますのは・・・?」
「確か、先ほど、裕子様が、夏樹様が結婚する相手を間違えたと」
「私もよく分からないんですけど、夏樹さんを知ってる人たちの中には、そう思ってる人が多いらしいです」
「という事は、結婚する相手を間違えなければ、事業は成功していたという事になるのでしょうか?」
「よく分からないのですが、なんでも、若い頃は天才とか異端児とかって思われていたらしいんです」
「夏樹様という方は、商売の才能がおありだったようですね」
「でも、どうして、それが結婚した相手を間違えたなんて言われたりするのかしら?」
「もしかしたら、求めるものの違いかもしれませんね」
「求めるもの・・・ですか?」
「はい、それは商売の世界に限らず、どの世界でも同じような事が言えるかと思われます」
「でも、それで事業に失敗したりとかってするものなのですか?」
「そのへんについてはよく分かりませんが、少なくても夏樹様という方にとっては・・・。先ほど裕子様が、夏樹様という方は天才と思われていたと言っておられましたが、天才とは得てして常人には理解出来ないようなところがありますから」
「まあ、言われれてみれば確かにそういうところがあるかもしれません。なにせ、今は、女性化とかって言って女装していますし、それに、沢山のぬいぐるみたちと暮らしているみたいですから」
裕子は少し笑みを浮かべながら、夏樹が写っているスマホの写真を眺めた。
「きっと、夏樹様という方も、自分の居場所を探し続けていたのかもしれませんね」
そう言うと、マスターは冷めかけたコーヒーを飲み終えてから(暖かいコーヒーを)そう言って、裕子の前のコーヒーカップと自分のコーヒーカップをトレーに乗せてカウンターへと歩いて行く。
実際に夏樹さんに会った印象では、全然そんな風には感じられなかったような。
「あの・・・私も、何回か夏樹さんとは会ったんですが、いたって元気だったというか、女性としての生き方を楽しんでいるように見えたのですが、雪子と私では何が違うのでしょうか?」
煙草の箱から一本取り出そうとしながら取り出すのをやめると、
途中まで見えていた煙草を、また箱の中にそっと押し戻すように入れながら。
「頑張って生きたね・・・ですかね」
「えっ・・・」
「雪子様のこの言葉は、普通では出てこない言葉、というより、普通なら考えも及ばないような言葉ではないかと私は思うのです」
「確かに、私もそう思います」
「まるで80過ぎの母親が、都会から疲れて帰って来た息子にかける言葉といいましょうか。もっと違う意味で言えば、余命宣告されて病と戦って息を引き取った大切な人へ褒めてあげる言葉のように、大切な人を失った自分の悲しみよりも先に、大切な人に伝えてあげたい言葉・・・。私にはそのように聞こえてしまいます」
「でも、それって・・・」
「たとへ、幾年月離れていたとしても、雪子様の心が、夏樹様という方の心と縺れ合うように生きてきたからこその言葉かと。きっと、雪子様は誰よりも夏樹様という方の生き方を知っているのではないでしょうか」
「夏樹さんにとっての雪子って、いったい、どういう存在なのでしょうか?」
「きっと、その答えは、夏樹様自身も分からないのではないかと思います」
「いったい、夏樹さんって、どんな人生を送ってきたのかしら?」
「そういえば、裕子様も、雪子様と同様に夏樹様とは、30年以上も離れて暮らしていたんでしたね」
「はい、でも、地元の友達からちょいちょい情報は入ってはきていたんですけどね」
「そうでしたか」
「なんでも、結婚する相手を間違えたから、あんな風になったんだとかって友達は言っていました」
「あんな風にとは?」
「なんでも、事業で多額の借金を背負ってしまったとかって話です」
「それでは離婚の原因というは」
「ええ、夏樹さんの借金が原因らしいです」
「そうでしたか、でも、それと結婚した奥様とはどういう関係なのですか?」
「と、言いますのは・・・?」
「確か、先ほど、裕子様が、夏樹様が結婚する相手を間違えたと」
「私もよく分からないんですけど、夏樹さんを知ってる人たちの中には、そう思ってる人が多いらしいです」
「という事は、結婚する相手を間違えなければ、事業は成功していたという事になるのでしょうか?」
「よく分からないのですが、なんでも、若い頃は天才とか異端児とかって思われていたらしいんです」
「夏樹様という方は、商売の才能がおありだったようですね」
「でも、どうして、それが結婚した相手を間違えたなんて言われたりするのかしら?」
「もしかしたら、求めるものの違いかもしれませんね」
「求めるもの・・・ですか?」
「はい、それは商売の世界に限らず、どの世界でも同じような事が言えるかと思われます」
「でも、それで事業に失敗したりとかってするものなのですか?」
「そのへんについてはよく分かりませんが、少なくても夏樹様という方にとっては・・・。先ほど裕子様が、夏樹様という方は天才と思われていたと言っておられましたが、天才とは得てして常人には理解出来ないようなところがありますから」
「まあ、言われれてみれば確かにそういうところがあるかもしれません。なにせ、今は、女性化とかって言って女装していますし、それに、沢山のぬいぐるみたちと暮らしているみたいですから」
裕子は少し笑みを浮かべながら、夏樹が写っているスマホの写真を眺めた。
「きっと、夏樹様という方も、自分の居場所を探し続けていたのかもしれませんね」
そう言うと、マスターは冷めかけたコーヒーを飲み終えてから(暖かいコーヒーを)そう言って、裕子の前のコーヒーカップと自分のコーヒーカップをトレーに乗せてカウンターへと歩いて行く。
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