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生きている矛盾
生きている矛盾・・・その15
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「それで、その女性はどうしたんですか?」
「それは、あえて今は答えない方がいいでしょう・・・ただ、私は、何もしてあげられなかった」
何本目かの煙草に火をつけながらマスターが言葉を続ける。
「いえ、何もしてあげられなかったのではなく、私は何もしなかった、何ひとつ行動に移そうともしなかったんです。私は、彼女を助けられなかったのではなく助けなかった・・・いえ、違いますね、私は彼女を助けようともしなかったんです。そして、彼女のその言葉が何を意味していたのかを知らされたのは、最後の会話から三日後の夜でした。12月の最後の日、街には人が溢れ、年の暮れから年初めへと、人々は皆それぞれの思いや願い、そして笑顔に包まれる家族連れに恋人たち、これからの人生に夢や希望を願う子供たちからお年寄りたち、沢山の人たちが色々な思いを胸に新年を迎えようとする大晦日の夜でした。その日は朝から雪が降り始めて、午後になると街の景色が銀世界一色になるほどの大雪に変わった日でした・・・寒かっただろうに・・・。」
「まさか・・・あの・・・」
マスターは、裕子の問いかけには答えないまま話を続けた。
「雪子様は今、自分の意思と、自分の足で、歩き出そうとしています」
「自分の意思と、自分の足で・・・」
「はい、そう思います」
「確かに、私も、そう思うのですが、でも、雪子はいったい、どういう会い方をするんでしょうか?」
「どういう会い方と言いますと?」
「ええ、雪子が言うには、旦那さんに夏樹さんの写真を見せて、この人に会いに行って来ると言えば、旦那さんは疑わないから大丈夫みたいな事を言っていたんですけど・・・」
優しい表情のマスターが何か一点を見つめながら、その視線の先に見つけた何かを包み込むように
冷たい視線に変わるその中に、悲しみの笑みを浮かべるように言葉を口にした。
「はっきり申し上げた方がよろしいでしょうか?」
「あっ・・・はい。私としては、たとへ、それがマスターの想像の域だとしても、ぜひ聞きたいです」
「分かりました、先ほど、裕子様が申しました、雪子様が、雪子様の旦那様に、夏樹様の写真を見せてからというのは、無いと、お考え頂いた方がよろしいかと思われます」
「と、言いますのは・・・?」
「これは、申していいのか・・・でも、おそらく裕子様も御存じなのだと思いますので申し上げます」
「あっ、はい・・・」
「雪子様は、左の手首を切っていらっしゃいますね?」
「マスターも知っていたんですか?」
「はい。ですが、その事を、雪子様に教えられたわけではありませんが、雪子様は、いつも長袖のお洋服を着ていらっしゃいますよね?それで、何となく分かりました」
「ええ、確かにマスターの言う通り、雪子は左の手首を切って、一度、自殺未遂を起こしています」
「ですが、問題は、その事ではないんです」
「えっ・・・?」
「問題は、雪子様が手首を切ったという事を、夏樹様が知ってしまったのではないか?という事の方なんです」
「雪子も同じ事を言っていました。もしかしたら、夏樹さんに知られたかもしれないって言っていた事があったんです」
「やはり、そうでしたか・・・」
「でも、それと、雪子が夏樹さんに会いに行く事と、どう関係があるのですか?」
「これは私の推測になりますが、おそらく、一年ほど前に雪子様が夏樹様のところへ会いに行ったのは、夏樹様の事が心配になったからではないかと思うのです」
「夏樹さんの事が、心配に・・・?」
「はい。そうだと思います。確かに、雪子様の申しておられます(頑張ったねと伝えたかった)この気持ちも、また、雪子様の本当の気持ちだと思われます。ですが、裕子様も申しておられましたように(それだけではないのでは?)という考えも、間違ってはいないと思うのです」
「でも、心配だからっていっても、もう、夏樹さんとは30年以上も会っていなかったんですよ?会っていないのが2年や3年ならまだ分かりますけど、いくら若い頃にお互い恋人同士だったからといっても、その相手が心配だからっていうだけの理由で会いに行ったりっていうのは、ちょっとって思うんです」
「それで、雪子様が夏樹様に会いに行った理由が、雪子様の言葉以外にあるのでは?と、裕子様は思われたんですよね」
「ええ、それは確かですが、私が分からないのが、マスターの言う通りだとすると、30年以上も会っていないはずの雪子が、どうして、急に夏樹さんの事が心配になったりしたんでしょうか?」
マスターはテーブルの上の裕子のスマホを指差しながら・・・。
「夏樹様の写真です」・・・そう、静かに言った。
「写真って、夏樹さんの・・・ですか?」
「はい。私には、写真に写っています夏樹様は、生きることに疲れた寂しい目をしているように感じられました。おそらく、雪子様も、私と同じように感じ取られたのではないでしょうか?」
「寂しい目・・・ですか・・・」
「はい。ですが、この場合、寂しい目というより、その目の奥にある瞳と表現した方がよろしいかもしれません」
「それは、あえて今は答えない方がいいでしょう・・・ただ、私は、何もしてあげられなかった」
何本目かの煙草に火をつけながらマスターが言葉を続ける。
「いえ、何もしてあげられなかったのではなく、私は何もしなかった、何ひとつ行動に移そうともしなかったんです。私は、彼女を助けられなかったのではなく助けなかった・・・いえ、違いますね、私は彼女を助けようともしなかったんです。そして、彼女のその言葉が何を意味していたのかを知らされたのは、最後の会話から三日後の夜でした。12月の最後の日、街には人が溢れ、年の暮れから年初めへと、人々は皆それぞれの思いや願い、そして笑顔に包まれる家族連れに恋人たち、これからの人生に夢や希望を願う子供たちからお年寄りたち、沢山の人たちが色々な思いを胸に新年を迎えようとする大晦日の夜でした。その日は朝から雪が降り始めて、午後になると街の景色が銀世界一色になるほどの大雪に変わった日でした・・・寒かっただろうに・・・。」
「まさか・・・あの・・・」
マスターは、裕子の問いかけには答えないまま話を続けた。
「雪子様は今、自分の意思と、自分の足で、歩き出そうとしています」
「自分の意思と、自分の足で・・・」
「はい、そう思います」
「確かに、私も、そう思うのですが、でも、雪子はいったい、どういう会い方をするんでしょうか?」
「どういう会い方と言いますと?」
「ええ、雪子が言うには、旦那さんに夏樹さんの写真を見せて、この人に会いに行って来ると言えば、旦那さんは疑わないから大丈夫みたいな事を言っていたんですけど・・・」
優しい表情のマスターが何か一点を見つめながら、その視線の先に見つけた何かを包み込むように
冷たい視線に変わるその中に、悲しみの笑みを浮かべるように言葉を口にした。
「はっきり申し上げた方がよろしいでしょうか?」
「あっ・・・はい。私としては、たとへ、それがマスターの想像の域だとしても、ぜひ聞きたいです」
「分かりました、先ほど、裕子様が申しました、雪子様が、雪子様の旦那様に、夏樹様の写真を見せてからというのは、無いと、お考え頂いた方がよろしいかと思われます」
「と、言いますのは・・・?」
「これは、申していいのか・・・でも、おそらく裕子様も御存じなのだと思いますので申し上げます」
「あっ、はい・・・」
「雪子様は、左の手首を切っていらっしゃいますね?」
「マスターも知っていたんですか?」
「はい。ですが、その事を、雪子様に教えられたわけではありませんが、雪子様は、いつも長袖のお洋服を着ていらっしゃいますよね?それで、何となく分かりました」
「ええ、確かにマスターの言う通り、雪子は左の手首を切って、一度、自殺未遂を起こしています」
「ですが、問題は、その事ではないんです」
「えっ・・・?」
「問題は、雪子様が手首を切ったという事を、夏樹様が知ってしまったのではないか?という事の方なんです」
「雪子も同じ事を言っていました。もしかしたら、夏樹さんに知られたかもしれないって言っていた事があったんです」
「やはり、そうでしたか・・・」
「でも、それと、雪子が夏樹さんに会いに行く事と、どう関係があるのですか?」
「これは私の推測になりますが、おそらく、一年ほど前に雪子様が夏樹様のところへ会いに行ったのは、夏樹様の事が心配になったからではないかと思うのです」
「夏樹さんの事が、心配に・・・?」
「はい。そうだと思います。確かに、雪子様の申しておられます(頑張ったねと伝えたかった)この気持ちも、また、雪子様の本当の気持ちだと思われます。ですが、裕子様も申しておられましたように(それだけではないのでは?)という考えも、間違ってはいないと思うのです」
「でも、心配だからっていっても、もう、夏樹さんとは30年以上も会っていなかったんですよ?会っていないのが2年や3年ならまだ分かりますけど、いくら若い頃にお互い恋人同士だったからといっても、その相手が心配だからっていうだけの理由で会いに行ったりっていうのは、ちょっとって思うんです」
「それで、雪子様が夏樹様に会いに行った理由が、雪子様の言葉以外にあるのでは?と、裕子様は思われたんですよね」
「ええ、それは確かですが、私が分からないのが、マスターの言う通りだとすると、30年以上も会っていないはずの雪子が、どうして、急に夏樹さんの事が心配になったりしたんでしょうか?」
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「夏樹様の写真です」・・・そう、静かに言った。
「写真って、夏樹さんの・・・ですか?」
「はい。私には、写真に写っています夏樹様は、生きることに疲れた寂しい目をしているように感じられました。おそらく、雪子様も、私と同じように感じ取られたのではないでしょうか?」
「寂しい目・・・ですか・・・」
「はい。ですが、この場合、寂しい目というより、その目の奥にある瞳と表現した方がよろしいかもしれません」
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