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生きている矛盾
生きている矛盾・・・その14
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マスターは、「それでは失礼して・・・」と、言うと、箱から煙草を一本取り出して火をつける。
「前から、ちょっと気になっていたのですが、そういえば、マスターは結婚とかしていらっしゃるんですか?」
「私、ですか?」
「ええ、いつも、お店にはマスターしか見かけた事がなかったので」
「いえ、私はずっと独身です。でも、裕子様はドキッとする事をお訊きになるんですね」
「えっ・・・?」
「実は今、その事をお話しようと思っていたところなのです」
「その事・・・?」
「雪子様が、私の店に来るようになって約30年近くになります。今にして思えば、きっと雪子様は、私に何か感じるところがあったのかもしれません」
「マスターに、ですか?」
「環境の違いや置かれている立場は違いますが、ある意味、今の雪子様は、あの頃の私と同じなのです」
「同じ・・・?」
「はい。もう50年以上も前の話になりますが、私にも愛した女性が一人だけおりました」
煙草を灰皿の上に置いてコーヒーを一口飲むと、マスターは静かに話を続けた。
「私事を話さなければ、私も、ただの野次馬になってしまいますし、人の不幸は蜜の味を求める興味本位な人間になってしまいます。それでは、裕子様に申し訳が立たないので、少しですが、私事をお話しようと思います」
「いえ、別に、そんな風にマスターの事を思ったりはしませんよ」
「有難う御座います。でも、私事でも、今の雪子様に共通するところがあるかと思うので、きっと、裕子様のお力にもなれるかと思います」
「はあ・・・あの・・・もしかして、今の雪子ってそんなに危ないのでしょうか?」
「いえ、危ないのは、雪子様ではなくて、夏樹様の方かと思われます」
「夏樹さん・・・?」
「(誰の生活も壊さないで終わりにする方法)・・・この言葉を聞いた時の私の顔色が変わったのを、裕子様は見逃しませんでした。という事は、裕子様も、この先の雪子様に何かしらの不安や恐れを抱いていらっしゃるのでは?と、思いまして、私事ですが、話すべきかもしれないと思った次第なのです」
「マスターとその女性との間に何かあったんですね」
「(誰の生活も壊さないで終わりにする方法)・・・この言葉は、かつて私の恋人だった女性が私に伝えた言葉なのです」
「恋人だった・・・?」
「あの頃の私には、彼女が言った、その言葉の意味が分かりませんでした。彼女はある資産家の一人娘で、親が決めた相手と結婚といういわゆる政略結婚というんですか、物静かで、とても大人しい性格の彼女は親の言う通りの人生を送っていたのですが、ある年の冬に私と出会いました。きっと、彼女にとっては初めての恋だったのだと思います。その頃の私は、小説家になりたくて、とりあえず残業のない会社を選んで、仕事が終われば小説を書くような日々を過ごしておりました。」
マスターは、一本目の煙草を消すと二本目の煙草に火をつける。
そして、マスターとその恋人との日々の経過を、古い日記を開くように裕子に話してくれた。
「その頃の私は、若いという事もあって、自分は小説家になれるものだと信じていたものです。彼女にはそんな私の姿が新鮮に映っていたのかもしれません。そんな彼女にとって、親が決めた相手との夫婦生活が、いつしか耐え難い日々へと変わっていったのでしょう。かといって、親同士が決めた政略結婚に終止符を打つことが、何を意味するのかが分かる彼女にとって、自由の意味と愛の意味、そして、生きていくための生活の安定という意味が、全て偽善のための言い訳のように彼女の心を傷つけていったのかもしれません。」
思い出したくない過去なのだろうか、それとも、やっと想い出に出来る過去になったのだろうか。
少し、苦い表情を浮かべるマスターの頬に、優しい笑みが垣間浮かぶように裕子には映っていた。
「ある日、彼女から電話が来ました、そして、受話器越しに私にこう言いました」
少しの沈黙の後、マスターが彼女の言葉を口にした
「(誰の生活も壊さないで終わりにする方法を私は選びます)」
「前から、ちょっと気になっていたのですが、そういえば、マスターは結婚とかしていらっしゃるんですか?」
「私、ですか?」
「ええ、いつも、お店にはマスターしか見かけた事がなかったので」
「いえ、私はずっと独身です。でも、裕子様はドキッとする事をお訊きになるんですね」
「えっ・・・?」
「実は今、その事をお話しようと思っていたところなのです」
「その事・・・?」
「雪子様が、私の店に来るようになって約30年近くになります。今にして思えば、きっと雪子様は、私に何か感じるところがあったのかもしれません」
「マスターに、ですか?」
「環境の違いや置かれている立場は違いますが、ある意味、今の雪子様は、あの頃の私と同じなのです」
「同じ・・・?」
「はい。もう50年以上も前の話になりますが、私にも愛した女性が一人だけおりました」
煙草を灰皿の上に置いてコーヒーを一口飲むと、マスターは静かに話を続けた。
「私事を話さなければ、私も、ただの野次馬になってしまいますし、人の不幸は蜜の味を求める興味本位な人間になってしまいます。それでは、裕子様に申し訳が立たないので、少しですが、私事をお話しようと思います」
「いえ、別に、そんな風にマスターの事を思ったりはしませんよ」
「有難う御座います。でも、私事でも、今の雪子様に共通するところがあるかと思うので、きっと、裕子様のお力にもなれるかと思います」
「はあ・・・あの・・・もしかして、今の雪子ってそんなに危ないのでしょうか?」
「いえ、危ないのは、雪子様ではなくて、夏樹様の方かと思われます」
「夏樹さん・・・?」
「(誰の生活も壊さないで終わりにする方法)・・・この言葉を聞いた時の私の顔色が変わったのを、裕子様は見逃しませんでした。という事は、裕子様も、この先の雪子様に何かしらの不安や恐れを抱いていらっしゃるのでは?と、思いまして、私事ですが、話すべきかもしれないと思った次第なのです」
「マスターとその女性との間に何かあったんですね」
「(誰の生活も壊さないで終わりにする方法)・・・この言葉は、かつて私の恋人だった女性が私に伝えた言葉なのです」
「恋人だった・・・?」
「あの頃の私には、彼女が言った、その言葉の意味が分かりませんでした。彼女はある資産家の一人娘で、親が決めた相手と結婚といういわゆる政略結婚というんですか、物静かで、とても大人しい性格の彼女は親の言う通りの人生を送っていたのですが、ある年の冬に私と出会いました。きっと、彼女にとっては初めての恋だったのだと思います。その頃の私は、小説家になりたくて、とりあえず残業のない会社を選んで、仕事が終われば小説を書くような日々を過ごしておりました。」
マスターは、一本目の煙草を消すと二本目の煙草に火をつける。
そして、マスターとその恋人との日々の経過を、古い日記を開くように裕子に話してくれた。
「その頃の私は、若いという事もあって、自分は小説家になれるものだと信じていたものです。彼女にはそんな私の姿が新鮮に映っていたのかもしれません。そんな彼女にとって、親が決めた相手との夫婦生活が、いつしか耐え難い日々へと変わっていったのでしょう。かといって、親同士が決めた政略結婚に終止符を打つことが、何を意味するのかが分かる彼女にとって、自由の意味と愛の意味、そして、生きていくための生活の安定という意味が、全て偽善のための言い訳のように彼女の心を傷つけていったのかもしれません。」
思い出したくない過去なのだろうか、それとも、やっと想い出に出来る過去になったのだろうか。
少し、苦い表情を浮かべるマスターの頬に、優しい笑みが垣間浮かぶように裕子には映っていた。
「ある日、彼女から電話が来ました、そして、受話器越しに私にこう言いました」
少しの沈黙の後、マスターが彼女の言葉を口にした
「(誰の生活も壊さないで終わりにする方法を私は選びます)」
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