愛して欲しいと言えたなら

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求めない願い

求めない願い・・・その16

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まるで、時間が止まったかのように、テーブルの上に置かれたスマホの画面を見つめている京子。
そんな京子を視線の外れに残したまま、窓の外の景色を眺めながらココアを飲む直美。

どれくらいの時間が過ぎただろうか?
おそらく、ほんの数分くらいなのだろうか?
それでも、今の京子にとっては、とても長く感じられたのかもしれない。

少し冷めかけたコーヒーを飲みながら、何かを言いかけた京子だったが・・・
言いかけの言葉が、力なく呟くような、ため息に変わった。
そんな京子に、直美が呟くように言葉を口にした。

「夏樹さん・・・もう、いないよ!」

「あの人、ここに来てたの?」

「すれ違わなかったの?」

「あの人の車とはすれ違わなかったわよ。知らない車とすれ違ったけど・・・」

「それ、夏樹さんよ」

「あの人?違うわよ、あの人の車じゃなかったわよ!」

「白っぽい大きな車でしょ?」

「そうよ。でも、確か、あの人の車は4WDの大きな車でしょ?」

「京子がすれ違った白い車は夏樹さんよ」

「でも、運転してたのは女性だったわよ・・・あっ・・・」

「そっ・・・夏樹さん!」

ここに来るまで、昔の記憶を思い出しながら走っていた京子の中にいたのは、
女装をしている夏樹ではなく、昔の男性としての夏樹の方だったのだろう。

それでも、すれ違った車が京子の知っている4WD車だったなら気がついたかもしれないが、
それが、白い普通車で運転席にいるのが女性となれば、気がつかないのも無理はない。

「あの人、車を変えたの?」

京子の問いかけには答えないで、笑みを浮かべながらココアを飲む直美。

「何・・・?」

「別に、何でもないけど・・・」

「あの人が、何か言ってたんでしょ?」

「何かって?京子の悪口とかって?」

「やっぱりね・・・」

「ふふっ・・・」・・・また、笑みを浮かべてココアを飲む直美。

「何?さっきから変な笑みなんか浮かべて?」

「だって、京子ったら、さっきから夏樹さんの事ばっかり」

「何、変な事を言ってるの?私は、別に・・・」

「別に・・・な~に?」

「何って・・・別に・・・」

「京子ったら夏樹さんの事ばっかりで、私が、どうやってここに来たのかとかって訊かないんだもの」

「どうやってって・・・何?もしかして、あの人と一緒だったの?」

「ほら、また・・・普通なら一緒だったの?ではなくて、送られてきたの?だと思うんだけどな」

「そんなの、どっちでも一緒でしょ?」

「ねえ、京子・・・?」

「何・・・?まだ、何かあるの?」

「もういいんじゃない?」

「何が・・・?」

「夏樹さんの事・・・もう、許してあげても」

「えっ?・・・別に、誰もそんな風になんて言ってないでしょ?」

「それにね、夏樹さん、もう、あの家にはいないよ」

直美の最後のひと言に、京子は、背中から首筋にかけて寒気が走っていくのを感じた。
寒気を感じるのは、何も、風邪の引きはじめや、怖いという恐怖を感じる時だけではない。

いつか来るかもしれない。
薄々、それが分かっていながらも、そうであって欲しくない。

僅かな希望だと分かってはいても、心のどこかで願っている自分の耳に聞こえてくる、
ある日、ある時間、ある空間の中で、医師ら余命宣告を告げられた瞬間のように、
京子の脳裏を、何もかもが、無慈悲な現実の世界へと、引き戻されていく寒気が走り抜けていった。

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