愛して欲しいと言えたなら

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その手を離さないで

その手を離さないで・・・その19

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直美は、言わなきゃよかったかも?と、少しバツ悪そうにカップのコーヒーを、
スススというより、少しだけ、ズズズと小さな音を立てながら口に入れる。

そんな直美の仕草が、可愛いと言えば可愛いのかもしれないが、
京子は、自分には到底真似が出来ない仕草かもしれないと思いながら、
猫がカップにお顔を突っ込んで飲んでいるような仕草の直美を見つめていた。

そんな京子の視線に気がついた直美が、変に、はにかんだ表情で、

「なに・・・?」

「何でもないわ。ただ、私も、そんな仕草が出来たらな~って思って」

「へっ・・・?」

「ほら!また・・・」

「いや~あの・・・そう言われましても」

「そういう仕草ってね、あの人の好みなのよ」

「うっそ・・・?」

「ホントよ。これでも、私も、若い頃はよく言われたのよ。でも、いつからなのかな?そういう仕草を忘れたのって・・・。気がついたら、自分でも嫌な自分になっちゃってたみたい」

「自分でそこまで分かってて、どうして?」

「どうしてって?あの人の事?」

「うん・・・」

「それとこれとは別でしょ?」

「へっ・・・?」

「あの人はいいわよ。私と別れたって、どんどん自分の人生を歩いて行けてさ」

「そうなの・・・?」

「そうよ。あの人は昔から後ろを振り返らない人だから。それに独り身だし、何でも出来るじゃない?それに比べて私なんて、二人の息子を押し付けられて、がんじがらめの人生じゃない?」

「う~ん・・・まあ、確かに、そう言われてみればそうかもしれないけど」

「だからでしょ?女装だか何だか知らないけどさ、まったく!いい気なもんよ。」

「そうかな?」

「そうよ。この歳じゃさ、化粧したって、こんなおばさんなんて、もう誰にも相手になんかされないし」

「えっ?もしかして、京子は、恋愛とかしたいって思ってたの?」

「そうは言ってないでしょ?例えばの話よ!」

「それじゃさ、もっと若かったら相手を探していたって事なの?」

「そりゃそうよ。離婚なら離婚で、もっと早く言って欲しかったわ。そしたら私だって第2の人生が送れたのにさ」

「子供たちは、どうするの?」

「そんなの、あの人に任せるわよ」

「任せるって・・・」

「あの人って、ああ見えても、けっこう子煩悩だし」

「そうなの?」

「そうよ。なにせ、子供が生まれた途端にお酒をやめたくらいだから」

「お酒を?」

「何でも、真夜中とかに子供が熱を出しても、すぐに病院まで連れて行けるようにとかって言ってね」

「でも、それじゃ、夏樹さんは、子供たちにも好かれていたんじゃないの?」

「まあね・・・」

「でも、それじゃ、どうして夏樹さんのところじゃなくて、京子のところにとどまったの?」

「そんなの決まってるじゃない。あんな借金まみれの父親なんかと一緒に暮らしたいなんて思うわけないでしょ?」

「やっぱり、そこに落ち着くんだ」

「当たり前でしょ?どこの世界に、好き好んで借金まみれの父親と暮らしたいなんて子供がいるの?」

「まあ・・・確かに・・・」

「何か異論があるみたいな言い方ね?」

「そういうわけじゃないけど・・・」

「別に言いたい事を言ってもいいわよ。何を言われても、今の生活が変わるわけじゃないからさ」

「う~ん、私が思うにね、もしかしたら、夏樹さんが、京子の近くに住んでるからじゃないかなって?」

「私が、あの人の悪口を言うのって?」

「うん。だから、夏樹さんが、どこか京子の知らない遠くへ引っ越しちゃえばいいんじゃないかなって?」

「それはあるかもね。確かに、ちょっとスーパーに買い物とか、ちょっと街までとかってなると、どこかで会うかもとかって、考えなくてもいいような事まで、何かと考えちゃうのは、確かね」

「でしょ?それなら、もうすぐ夏樹さんはいなくなるみたいだから、少しは気が楽になれると思うよ」

「何、それ?どういう事?」

へっ・・・?(どういう事?)は分かるんだけど、
その前の(何、それ?)が、少し怖いんですけど・・・。
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