愛して欲しいと言えたなら

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その手を離さないで

その手を離さないで・・・その11

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じりじりと日差しが暑い日がほとんどないまま、7月も終わりに近づこうとしている。
今年は、梅雨明けが平年より遅かったためか、雨の日が多い夏のような感じがする。

そんな事を考えながら喫茶店のドアを開けたその背中では、今日も雨が降っている。
雪子は、雨に濡れた傘の雨の滴を払い落としながら傘立てにそっと置くと、
馴染みの喫茶店の中へ入って行った。

マスターは、雪子に気がつくと、笑顔を見せながら視線を奥の方の席に移す。
それに合わせるように、雪子が店内の奥の方へ視線を移すと、
いつも雪子が座ってる席の向かい側の席に、誰か、女性が一人座っている。

雪子は、少し微笑んでから、いつもの席へと歩いて行くと、
誰かが歩いてくる気配感じたのか、その女性が振り返った。

「愛奈さん、どうしたの?」

「あっ、お母さん。そろそろ来る頃だと思ってた」

「今日は、お仕事は?」

雪子は、いつもの席へ座りながら愛奈に訊いてみた。

「午後から早退したの」

「どうして?どこか、体の具合でも悪いの?」

「ううん、別に、どこも悪くないわよ」

「そうなの・・・」

そう言うと、雪子は、いつものミルクティーを注文した。

「ちょっと、お母さん?」

「な~に・・・?」

「な~に、じゃないでしょ?」

「どうしたの・・・?」

「普通は、どうしてここにいるの?とか、どうしてここが分かったの?とかって!」

「ふふっ・・・」

いつも、雪子が自分だけの時間を過ごすこの喫茶店に、愛奈が来ていた事に驚くわけでもなく、
かといって、何か、話をするかといえば、そんな様子もない。
まるで、愛奈が、そこに居ないかのように、運ばれてきたミルクティーに砂糖を入れている。

「お母さん、驚かないの?」

「ん・・・?」

「ん?じゃなくて、どうして、私が、ここに居るのかって!」

「ふふっ・・・裕子に訊いたんでしょ?」

うっ・・・次の言葉が思い浮かばない・・・。
だって、同時に、二つの質問の答えを言っちゃうんだもん。
あっ、違う・・・私が、質問の順序を間違えたんだ。

ホントは、最初に「どうして、私に、ここが分かったのか?」で、
そんで、次に「どうして、私が、ここに居たのか?」・・・う~ん・・・困ったぞい!

「そんなに困らなくてもいいわよ」

えっ・・・なんで分かったの?

「だって、そういうお顔をしてたから」

いや・・・あの・・・私は、まだ、何も言ってないんですけど。

「愛奈さん・・・?」

「はい・・・?」

あ~んもう~、突然、呼ばれたから変な返事をしちゃったじゃないのよ。

「愛奈さんのコーヒーカップ」

「あっ・・・へへへ。もう、空になっていたみたい」

「ふふっ・・・」

「それじゃ、私も、何か注文しようかな?お母さんは何がいいと思う?」

「愛奈さんの好きなのがいいと思うわよ」

「それじゃ、私も、ミルクティーにする」

愛奈は、雪子の表情を確認するように、それでいて、それと気付かれないように、
少しの視線と、多めの視線を使い分けながら、ミルクティーを注文する。

やっぱり、裕子おばさんの言ってた通りだわ。
あっ、おばさんって言っちゃダメだったのよね。
でも、今は誰も聞いてないし、声にも出していないんだから・・・ふふっ。

「ねえ、お母さん?」

「な~に・・・?」

「ふーちゃんって、誰なの?」
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