愛して欲しいと言えたなら

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その手を離さないで

その手を離さないで・・・その10

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その頃、数時間前の夏樹と直美の会話を知ってか知らずか、
雪子は、不意に左手の袖をまくって、左手首に残るリストカットの傷跡を裕子に見せた。

「ふーちゃんね、きっと、気がついたと思うんだ」

「気がついたって、その傷跡に?」

「だから、きっと、ふーちゃんには分かっちゃったと思うんだ」

「分かっちゃったって、何を?」

「私が、ふーちゃんに会いに行った意味」

そう言いながら、ボトルのウイスキーをグラスに注ぐ雪子。
雪子は、季節に限らず、どんなに暑い日でも、いつも、長袖のカーディガンを着る癖がある。

それは、左手首に残る傷跡を隠すためでもあり、
同時に、その行為は、自分が生きてきた人生から目を背け続けながら暮らす日々の中で、
どんなに色あせても、決して消えない背徳の感情がそうさせてしまうのかもしれない。

 「意味って?雪子、やっはり、何か意味があって会いに行ったのね?」

裕子の問いが聞こえていないような仕草でグラスのウイスキーを飲む雪子。

「ちょっと、雪子?」

「な~に・・・?」

うっとりしたような瞳で、裕子を見つめ返す雪子。
その瞳の意味を考えてしまう裕子だったが、すぐに微笑みに変わった。

う~ん・・・この状態の雪子には、何を訊いてもダメなのよね。
完全に自分の世界に入ってしまっているというか、どこか違う世界にいるっていうか。
どこまでが本音で、どこまでが適当なのか分からないし。

夏樹さんに会いに行った意味か・・・?
確かにそうよね。普通は、いきなり会いに行ったりなんてしないっていうより出来ないわよね。

1年や2年くらい会ってないというなら、まだ、分かるけど。
雪子の場合は、35年も会ってなかったわけだから、
ただ会いたいってだけの理由で会いに行くなんて、確かに、考えられない行動だし。

もう、私ったら、今まで何を考えていたのかしら?
夏樹さんと雪子が、また「焼けぼっくいに火が」とか、雪子が家庭を捨てるんじゃないかとか。
この先、いったい、どうするつもりなの?とかって事ばかり考えていたけど。

でも、考えてみれば、それ以前に「どうして、会いに行ったの?」なのよね?
夏樹さんが、雪子はさよならを告げに来たって言ってたけど、何かが違うような気がする。
確かに、夏樹さんが言っていた事も分かるし、私が考えていた事も間違ってはいないんだと思う。

でも、何かが足りないような気がする。それが何なのか?分からないけど。
それでも、何か、一番大切なピースが一枚欠けているような気がするわ。

そういえばマスターも言ってたわ、夏樹さん次第だって・・・。
だけど、その意味が分からない。夏樹さん次第って、いったい、どういう意味なの?

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