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その手を離さないで
その手を離さないで・・・その7
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「でも、あんた、見たのね?」
「えっ・・・?」
「さっき、あたしと雪子が抱き合っていたとかって?」
「ええ・・・まあ・・・」
「あそこのレストランで?」
「知っていたんですか?」
「知らないわよ!ただ、もし、見えるとしたら、あそこしかないと思っただけ!」
「正直、焦りました!」
「京子もいたから?」
「ええ、って?どうして分かるんですか?」
「あんた、今、焦ったって言ったじゃない?」
「あっ・・・でも、ビックリもしました!」
「あんなところで堂々と抱き合っていたから?」
「だって、昼間ですよ?人も沢山いたし」
「んなもん、誰も、気にしないわよ」
「気にしますよ。それに、みんなも見てましたよ?」
「何、言ってるのよ。女と女が抱き合うなんてよくある事じゃない?男同士なら気持ち悪けど、女同士なんだから可愛いもんじゃない!」
「まあ、男の人同士が抱き合ってるよりは、確かに・・・」
夏樹は、笑いながら、コーヒーカップの中でスプーン遊びをしている。
ただ、そんな夏樹の仕草が、直美には、どこか寂しそうな、そんな気がしてならなかった。
「京子も、見ればよかったのにね?」
「そんな・・・というより、どうして分かるんですか?」
「何が・・・?」
「京子が、見ていなかったって?」
「だって、あんた言ってたじゃない?焦ったって」
「あっ・・・そっか、そうでしたね」
「もし、京子が、あたしと雪子が抱き合っているところなんか見たら逆上しちゃったかもね?」
「逆上って、夏樹さんは、もし、京子に見られたらとかって考えないんですか?」
「見られたら・・・?」
「だって、もし、京子が、夏樹さんと雪子さんが抱き合ってるところなんか見たりしたら」
「あたしからしたら、どうして京子は見なかったのかしら?って。方が、疑問だけど?」
「はい・・・?」
「だってさ、あんたが見て、京子が見なかったなんて、何か、おかしくない?」
「おかしくない?って訊かれても。私としては、京子が、気がつかなくてよかったと思っていたんですけど」
「そうかしら?あたしとしては、京子が、あたしと雪子が抱き合ってるのを見て、逆上でも炎上でもしてくれた方がよかったけど!」
「やっぱり、夏樹さんは冷たい人ですね。そうやって、京子を追い詰めて楽しいんですか?」
「あんた、バカなの?」
「えっ・・・?」
「おかしくない?って、言ったでしょ?」
「えっ・・・あの・・・はい・・・?」
「だから、困るのよ」
「困るって、何がですか?」
「京子がよ・・・」
「京子がって、どうしてですか?」
コーヒーカップの中でスプーン遊びをしている夏樹の視線が、
少しだけ右上に移るのを見つめていた直美と目が合うと、
夏樹は、少し意味深な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「人間ってさ、不思議なもんで、自分でも気がつかないうちに自己回避が発動しちゃう瞬間があるのよね」
「自己回避・・・ですか?」
「そう、自己回避・・・。人間ってさ、自分でも気がつかないうちに、自分が見たいくない物や気がつきたくない事、そして、知りたくない何かから、無意識に自分を守ろうとする瞬間があるの」
「う~ん・・・難しいですね」
「あはは。京子は、あたしを責める道具を探しているはずなのに、その探している道具が、自分の大切な何かが壊れそうなくらい強いと感じちゃうと、自分でも知らないうちに、それに遭遇しないように、見えない意思か何かが、京子の行動をコントロールしちゃうのよ」
雪子さんが夏樹さんと腕を組んで歩くのは、確かに、夏樹さんを責める道具になるけど。
雪子さんと夏樹さんが抱き合ってる場面となると、責める道具どころではなくなってしまう?
夏樹さんは、そう、言いたいのかしら?
「私には、少し難しすぎてよく分からないですけど、その事が、どうして、京子が困る事になるんですか?」
「さっき言ったじゃない?京子は、一歩も歩き出せないでいるって」
「それと、関係があるんですか?」
「起爆剤よ」
「起爆剤?」
「何でもいいから、京子の感情が、京子自身を壊してしまうほどの何かがあれば、また、歩き出せるのよ。そのきっかけなんて何でもいいの。それが、あたしを殺したいほど憎む出来事なら、なお、結構なんだけどね」
「いや、でも、それじゃ」
「あんたの思考回路は分かるわよ。でもね、京子の標的があたしなら、他の誰も傷つかなくて済むじゃない?」
他の誰も・・・?
違う・・・そうじゃないわ。夏樹さんが言う他の誰もって、京子の子供たちの事じゃないの?
夏樹さんとは、もう、離婚しているんだから、一緒に暮らしているわけじゃない。
そして、この先も、京子が夏樹さんと一緒に暮らすわけでもない。でも、京子と子供たちは・・。
そういう事でしょ?
夏樹さんが言う、他の誰もっていう意味は?
おそらく、夏樹さんは、京子と子供たちの仲がうまくいっていない事を知っているはず。
そして、京子の、あの性格からすれば、京子と子供たちの関係も最悪の状態になってしまうかもしれない。
だから、夏樹さんは、京子の注意が自分の方に向くように、
わざと、京子の感情を逆なでるような事をしているんじゃないかしら?
きっと、夏樹さんにとって、私との会話も、そのひとつなのかもしれない。
だから、私が、京子との会話に困るような事を聞かせて、
京子と会ってる時の会話に困る私を作り上げている・・・。違うかしら?
でも、そう考えれば、どうして、わざわざ、夏樹さんが私と会ったり、
別に親しくもない私に対して、こんな風に長い会話の時間を作ろうとしているのかも納得出来るし。
考えてみたら、夏樹さんと最初に会った時から、そうだったわ。
夏樹さんにとっての京子って、いったい、どういう存在なの?
「えっ・・・?」
「さっき、あたしと雪子が抱き合っていたとかって?」
「ええ・・・まあ・・・」
「あそこのレストランで?」
「知っていたんですか?」
「知らないわよ!ただ、もし、見えるとしたら、あそこしかないと思っただけ!」
「正直、焦りました!」
「京子もいたから?」
「ええ、って?どうして分かるんですか?」
「あんた、今、焦ったって言ったじゃない?」
「あっ・・・でも、ビックリもしました!」
「あんなところで堂々と抱き合っていたから?」
「だって、昼間ですよ?人も沢山いたし」
「んなもん、誰も、気にしないわよ」
「気にしますよ。それに、みんなも見てましたよ?」
「何、言ってるのよ。女と女が抱き合うなんてよくある事じゃない?男同士なら気持ち悪けど、女同士なんだから可愛いもんじゃない!」
「まあ、男の人同士が抱き合ってるよりは、確かに・・・」
夏樹は、笑いながら、コーヒーカップの中でスプーン遊びをしている。
ただ、そんな夏樹の仕草が、直美には、どこか寂しそうな、そんな気がしてならなかった。
「京子も、見ればよかったのにね?」
「そんな・・・というより、どうして分かるんですか?」
「何が・・・?」
「京子が、見ていなかったって?」
「だって、あんた言ってたじゃない?焦ったって」
「あっ・・・そっか、そうでしたね」
「もし、京子が、あたしと雪子が抱き合っているところなんか見たら逆上しちゃったかもね?」
「逆上って、夏樹さんは、もし、京子に見られたらとかって考えないんですか?」
「見られたら・・・?」
「だって、もし、京子が、夏樹さんと雪子さんが抱き合ってるところなんか見たりしたら」
「あたしからしたら、どうして京子は見なかったのかしら?って。方が、疑問だけど?」
「はい・・・?」
「だってさ、あんたが見て、京子が見なかったなんて、何か、おかしくない?」
「おかしくない?って訊かれても。私としては、京子が、気がつかなくてよかったと思っていたんですけど」
「そうかしら?あたしとしては、京子が、あたしと雪子が抱き合ってるのを見て、逆上でも炎上でもしてくれた方がよかったけど!」
「やっぱり、夏樹さんは冷たい人ですね。そうやって、京子を追い詰めて楽しいんですか?」
「あんた、バカなの?」
「えっ・・・?」
「おかしくない?って、言ったでしょ?」
「えっ・・・あの・・・はい・・・?」
「だから、困るのよ」
「困るって、何がですか?」
「京子がよ・・・」
「京子がって、どうしてですか?」
コーヒーカップの中でスプーン遊びをしている夏樹の視線が、
少しだけ右上に移るのを見つめていた直美と目が合うと、
夏樹は、少し意味深な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「人間ってさ、不思議なもんで、自分でも気がつかないうちに自己回避が発動しちゃう瞬間があるのよね」
「自己回避・・・ですか?」
「そう、自己回避・・・。人間ってさ、自分でも気がつかないうちに、自分が見たいくない物や気がつきたくない事、そして、知りたくない何かから、無意識に自分を守ろうとする瞬間があるの」
「う~ん・・・難しいですね」
「あはは。京子は、あたしを責める道具を探しているはずなのに、その探している道具が、自分の大切な何かが壊れそうなくらい強いと感じちゃうと、自分でも知らないうちに、それに遭遇しないように、見えない意思か何かが、京子の行動をコントロールしちゃうのよ」
雪子さんが夏樹さんと腕を組んで歩くのは、確かに、夏樹さんを責める道具になるけど。
雪子さんと夏樹さんが抱き合ってる場面となると、責める道具どころではなくなってしまう?
夏樹さんは、そう、言いたいのかしら?
「私には、少し難しすぎてよく分からないですけど、その事が、どうして、京子が困る事になるんですか?」
「さっき言ったじゃない?京子は、一歩も歩き出せないでいるって」
「それと、関係があるんですか?」
「起爆剤よ」
「起爆剤?」
「何でもいいから、京子の感情が、京子自身を壊してしまうほどの何かがあれば、また、歩き出せるのよ。そのきっかけなんて何でもいいの。それが、あたしを殺したいほど憎む出来事なら、なお、結構なんだけどね」
「いや、でも、それじゃ」
「あんたの思考回路は分かるわよ。でもね、京子の標的があたしなら、他の誰も傷つかなくて済むじゃない?」
他の誰も・・・?
違う・・・そうじゃないわ。夏樹さんが言う他の誰もって、京子の子供たちの事じゃないの?
夏樹さんとは、もう、離婚しているんだから、一緒に暮らしているわけじゃない。
そして、この先も、京子が夏樹さんと一緒に暮らすわけでもない。でも、京子と子供たちは・・。
そういう事でしょ?
夏樹さんが言う、他の誰もっていう意味は?
おそらく、夏樹さんは、京子と子供たちの仲がうまくいっていない事を知っているはず。
そして、京子の、あの性格からすれば、京子と子供たちの関係も最悪の状態になってしまうかもしれない。
だから、夏樹さんは、京子の注意が自分の方に向くように、
わざと、京子の感情を逆なでるような事をしているんじゃないかしら?
きっと、夏樹さんにとって、私との会話も、そのひとつなのかもしれない。
だから、私が、京子との会話に困るような事を聞かせて、
京子と会ってる時の会話に困る私を作り上げている・・・。違うかしら?
でも、そう考えれば、どうして、わざわざ、夏樹さんが私と会ったり、
別に親しくもない私に対して、こんな風に長い会話の時間を作ろうとしているのかも納得出来るし。
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夏樹さんにとっての京子って、いったい、どういう存在なの?
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