愛して欲しいと言えたなら

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その手を離さないで

その手を離さないで・・・その2

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空になったコーヒーカップの中、スプーンで遊んでいる夏樹。

「夏樹さんも、そうやって、スプーンで遊ぶ癖があるんですか?」

「ふふっ、ないわよ・・・。もう、手遅れって言ったでしょ?」

「京子の事ですか?」

「そうよ・・・。あんたも、薄々、感づいているんでしょ?」

「やっぱり、そうなんですか?」

「あんたなら、きっと、京子とは違う事をしたかもしれないわね」

「京子と違う事ですか?」

「男と女ってさ、出会う時もそうだけど、別れる時も、決定的な場面って必ずあるのよね」

「別れる時も・・・何となく分かるような気がします」

「その決定的な場面で、京子が選んだ答えが、今の京子の姿なの」

「でも、それじゃ、京子は、どうすればよかったんですか?」

「あんたなら、どうしたかしら?」

「私ですか・・・?」

「そう。どうしても別れたくなかったとしたら?あんたなら、どうしたかしら?」

「どうしたって、訊かれても・・・」

「京子はね、あたしに媚びればよかったのよ」

「媚びればって、それは、ちょっと」

「あたしが何様のつもりだって言いたいの?」

「そこまでは言わないですけど・・・。でも」

「あんたなら、きっと、喜んで、あたしに媚びるでしょうね」

「ちょっと、夏樹さん?」

「ふふっ・・・怒った顔のあんたも可愛い!」

「ん・・・もう~」

「でもね、媚びるって事は、決して、恥ずかしい事じゃないのよ」

「はあ・・・」

「京子はね、一度もふられたことがないの」

「うそ・・・?」

「ホントよ。だから、あたしとの事でも、京子は、ふられる側からふる側へと、自分を変えたのよ」

「知りませんでした」

「あたしが離婚した方がいいんじゃないかと告げた時、京子は、それは、自分が決めるって言ってね」

「京子が・・・。そうだったんですか。初めて聞きました」

「そんな京子の心の中の性が、あたしを追い込んでいったって事を、京子は知らないんだろうけどね」

「それじゃ、京子は・・・あっ、それって」

「思い出した?子供たちが言ってた言葉?」

「ええ・・・。京子は公務員と一緒になればよかったんだって」

「そうよ。そして、あたしには、京子がいない方が事業は成功したはずだ・・・ってね」

「ええ・・・聞きました」

「人ってね、人の心の痛みは分かっても、人の心が傷んでいく姿は見えないの。それは、京子も同じ」

「そして、それは、いくら言っても、京子は、決して耳を貸さない・・・ですか?」

「転んだことがない人って、転ぶのが怖いから、必ず誰かにすがって、すがったその人を自分の代わりに転ばしてしまうの」

「それじゃ、京子が悪いと・・・?」

「んなの、あたしが全部悪いでいいじゃない」

「でも、それじゃ京子は、ずっと・・・」

「でしょうね。でもね、それほど、あたしに執着するくらいなら、なぜ、あの時、あたしを選ばなかったの?って言いたいわ」

「あの時・・・?」

「離婚を選ばないで、あたしを選べばって事よ」

「あっ・・・それが、さっき言っていた、媚びるですか?」

「そうよ・・・。気取って離婚届なんて薄っぺらな用紙を、あたしの前に差し出すからバカなのよ」

「でも・・・」

「んで、今になって、あたしが雪子と、どうしたこうしたって言える権利が、京子にあると思う?」

「いえ・・・あの・・・」

「そんなに悔しいんなら、あたしを捨てた自分の愚かさを悔しがりなさいって事よ」

「やっぱり夏樹さんは、京子に冷たいです」

「違うわよ。優しいのよ!この地球上の誰よりも、優しいの」

夏樹の、京子へ対しての冷たい言葉に、さっきのようにカチンとくるかと思った直美だったが、
なぜか、そうはならなかった。
それよりも、夏樹の言う(優しい)という言葉の意味を考えていた。
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