愛して欲しいと言えたなら

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その手を離さないで

その手を離さないで・・・その1

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夏樹は、テーブルの上のコーヒーカップの中でスプーンを遊ばせていた。

「この仕草ってね、いつも雪子が遊ぶ仕草なのよ」

自分の質問と、帰ってきた夏樹の言葉が、全然、違う事より、
さっきから、何かにつけて雪子の話をする夏樹に直美は少しカチンときた。

「ちょっと、夏樹さん!」

「忘れられていた時間・・・」

「えっ・・・?」

今度は、いつもと違う夏樹の声にドキッとさせられた。

「京子と結婚したのは結婚したかったからよ。京子は違ったのかしら?」

確かに違う・・・。あきらかに今の夏樹さんの声は違っている・・・。
以前もそうだった・・・。
会話の中で時々見せる、何かに対して威嚇するような話し方。
聞いている相手に異論を言わせないような雰囲気で話すのは、なぜですか?

「あら?ごめんなさいね。あたしのこの話し方って、昔からの悪い癖なのよね」

「いえ・・・。でも、飽きないですね」

「何が?あたしと話しているのがって事?」

「ええ・・・。それに、どうして、京子が、あんなにも悔しがってしまうのか分かるような気がします」

「あたしって、魅力的でしょ?」

「ふふっ・・・。そうやって、自分で自分の事を言うところなんかも」

「でもさ、どうして結婚したのなんて、そんなのに答えなんてあるわけないじゃない?」

「ええ、確かに・・・」

「人生って逆さから始まってるわけじゃないんだから、先の事なんて分かんないし」

「逆さから・・・?確かに、それなら後悔なんて存在しないかもしれませんね」

「不幸せを知るから、人は幸せだった何かの記憶を探すの。そして悲しみを知るのよ」

「今の、京子が・・・そうだと?」

「あの子は、自分のために泣きたいのよ・・・そんな簡単な事が出来なくて一人で苦しんでるの」

「自分のために・・・?」

「そう。誰かに同情してもらうための涙ではなくて、自分だけのために涙を流したいの」

夏樹さんの解き方って、やっぱり、他の人とはどこかが違う。
他の人だと・・・ううん、こう例えた方が分かりやすいかも。

病気でも怪我でもそうだけど、
医学を知らない素人のみんなは、病や、傷口に、どんな薬を使うのかで悩んでしまう。

でも、それは、けっして病気や怪我を治すまでには至らす・・・
ただの気休めの応急処置に過ぎない事を、夏樹さんは知っているんだわ。

それでも、病気や怪我ならば、それは直接確認も出来るのだろうし、症状の度合いも分かるけど。
だけど、人の心の想いは、病気でもなければ怪我でもないのだから。

滑稽な話かもしれないけど、ナイフで切った大きな傷に傷テープを貼るような、
重病の病なのに、風邪薬を飲ませて安心させるような、
そんな滑稽な事を、人は、真面目な顔でおこなっているのかもしれない。

京子の悲しみや悔しさを一番知っているのは、他の誰でもない、夏樹、ただ一人だけなのだと。
直美は、この時、はっきりと知らされた思いがした。
それが、さっきのように、相手に異論を言わせない、あの雰囲気を作り出してしまう。

そんな夏樹の、言いようのない威圧感というか、言葉に表せないある意味の怖さが、
どこか見えない敵から京子を守ろうとしているように、直美には思えてしまう。
直美は、変な意味になるかもしれないような安心を感じながらコーヒーカップを手にした。

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