愛して欲しいと言えたなら

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声が聞こえない

声が聞こえない・・・その16

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でも、雪子は気がついているのかしら?
もしかしたら、喫茶店のマスターの言う通り、無意識の中で夏樹さんを探していたのかしら?

35年よ、35年・・・。
恋人が別れて、2年とか、3年とかっていう年月のレベルじゃないのよ?
しかも、今はもう再会したからだけど、普通に考えたら再会なんてありえるわけないっていうのに。

秘めた恋・・・。確かに、文学少女の雪子なら、それも分からないわけじゃないわよ。
想い出があれば、それだけで生きていける日陰の女・・・。それも、分かるわよ。

でもさ、でも、今の雪子を・・・いえ、夏樹さんと再会したばかりの、あの夜の雪子の姿は、
秘めた恋とか、想い出の中で生きている日陰の女とかっていう感じではなかったと思うわ。

自分の中にある愛を、そっと心の奥に仕舞い込んでいるようなタイプの女性だったら、
たとへ再会した後でも、3歩後ろを付いていくみたいな感じの二人になるのが普通じゃないの?

それが、夏樹さんと再会して、まだ数時間しか経っていないはずなのに、雪子のあの甘える仕草。
夏樹さんの腕に絡みついて、私が見ているのもお構いなしの子供みたいに甘える。あの仕草。

雪子が、あんなに情熱的なタイプの女性だったなんて、
全然、考えもしなかったし、想像さえしていなかったわ。
そして、今も、そう・・・。
今の雪子から家庭を取り除いたら、自然に恋をしている一人の女性にしか見えないし。

それにさ、よくよく考えてみたら、雪子の方から夏樹さんに会いに行ってるのよね?
35年ぶりの再開の時だって、雪子が、突然、夏樹さんに会いにあのスーパーに行ったわけだし。
普通に考えたらありえないでしょ?2年や3年の空白の時間っていうわけじゃないのよ?

何度も言うけど、35年よ!35年・・・。
それでも、夏樹さんの方からっていうんなら、まだ分からないわけでもないけど。

それが、今でも信じられないけど、雪子の方から、突然、会いに行ったのよ?
35年も経っていれば、夏樹さんだって、どんな人になってるかなんて分からないはずなのに。

オカマ?は、別として、性格とかって、昔のままの夏樹さんじゃないかもしれないわけだし。
それなのに、今でも夏樹さんは、絶対に昔のままの夏樹さんなのだと確信していたみたいに。
35年の時を経ても、突然、会いに行ったとしても、夏樹さんは雪子を受け入れてくれるって。

どうして、夏樹さんが変わってないと信じる事が出来るのか?
なぜ、雪子が、夏樹さんは必ず受け入れてくれるはずと。そう信じきる事が出来たのか?
私としては、その事が、今でも、ちょっと信じられないっていうか、理解出来ないっていうか。

「ねえ、雪子?」

「な~に」

「もしよ、もしもだけどね」

「カメさんが、歩いてきたの?」

「そうカメさんがね・・・じゃなくて」

「あっ、カメさんが、転んじゃったよ?」

「えっ・・・どこどこ?・・・違うでしょ!もう~」

「あはは、裕子って、面白いのだ」

「のだ!は、いいから!ちょっと、聞きなさい!」

「はいです!」

「雪子さ、あの時、スーパーまで、夏樹さんに会いに行ったでしょ?」

「あの時・・・?」

「そうよ。もしかしたら、夏樹さんに会えるかもしれないって」

「うん。そうなのだ!」

「雪子は、夏樹さんに会いに行く時に思わなかったの?」

「何をでありますか?」

あ~ダメだ・・・。もう、完全に、お隣に夏樹さんモードに入ってるわ。

「その時にさ、もしかしたら、夏樹さんは、もう、昔の夏樹さんじゃないかも?って、思わなかったの?」

「どうして?」

どうして・・・?

「どうしてって、普通だったら、35年も過ぎてたら、性格とか変わってるかもしれないって思うんじゃないの?」

「ふーちゃんは、変わらないよ」

はい・・・?
どこから出て来るわけ?・・・その自信って?

「でも、どうして、変わっていないって思ったの?」

「どうしてって、眼だよ。ふーちゃんのお目目!」

「だって、そんなの、会うまで分からないじゃないのよ?」

「分かるよ。裕子に見せられた写真を見たら」

「写真って、あのオカマの?」

「あはは・・・そうなのだ。ふーちゃんはオカマさんなのだ!」

「なのだ!じゃなくて。それじゃ、あの写真を見ただけで、夏樹さんが変わっていないって分かったっていうの?」

「うん。すぐに分かったのだ!」

「すぐに・・・?」

う~ん・・・そう言われても。にわかには信じられないんですけど・・・。

雪子が、裕子とレストランで話をしている数時間前。
というより、夏樹が、雪子を送り届けてから、2時間程が過ぎた頃。
夏樹が、自宅の近くまでくると、自宅へ入る細い道の前で一台の軽自動車が止まっていた。
夏樹の自動車が来たと思ったらしく、その軽自動車の運転席側のドアが開いて誰か降りてきた。

「あら?どうしたの?・・・」

「こんばんは、こんな遅くにすみません」

夏樹が帰って来るのを待っていたらしく、直美が、車の窓越しの夏樹に軽く会釈をした。

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